第30話・密命
コーネリアたちが加わって初めての、第一王女による私室会議。
「わあ、こちらが王女殿下の私室なのですね。落ち着いた色と簡素ながら情感にあふれる調和……お見それいたしましたわ」
などとコーネリア。
「ああ、コーネリア、私はあなたの飾りない調子を知っているから、もっと崩してもいいよ」
「なんだ姫様、知っているのか」
一瞬でこの変貌ぶりである。
「いや待った、姫様、それはオーリンの報告で、ですか」
「いかにも。私のかけがえのない腹心オーリンから、よく聞いた話だよ」
「あっ」
オーリンが慌てるのと、コーネリアの手拳が彼の脇腹に決まるのは同時だった。
「グヘッ」
「この馬鹿、乙女の秘密を何だと思ってるんだ」
「……正直すまなかった。でもこの私室会議で、猫をかぶりっぱなしというわけにもいかないだろう、さすがに」
「まあ、それはそうだけどよ」
「乙女といえば」
第一王女が何事もなかったかのように続ける。
「戦乙女エレノア。よく来たね」
「は、そのー第一王女殿下におかれましては、ええ、ご尊顔を拝し、あの、恐悦にございます」
「緊張しなくていいよ。そこのオーリンみたいにふてぶてしくいればいい」
「恐れながら私、そこまでご無礼な態度はお取り申しておりませぬかと……」
「どうせきみの内心はふてぶてしいだろう。そうでなければきみは『きみ』が務まらないと思ったのだけど、違うのかい?」
言われて、オーリンは沈黙した。まさに図星だった。
相手が王族でなかったら猛烈な煽り合いをしていたところだ。
「まあそれはいいか。……そうだ、緊張するなと言っても、言葉だけで解けるものではないよね。兵を動かす者なら、他人の心を導くことの難しさを、特に言葉のみをもってそれを試みることがほぼ不可能であることを、その身をもって知っているはずだよ。そうではないかい?」
「然り、おおせの通りにございます。私は兵のまとまりというものが、どれほど思い通りに動かしづらく、また、いかほどにその心性が加速しやすいものであるか、少しは心得ているつもりでございます、戦乙女という、私には仰々しいその二つ名に懸けて」
言うと、王女は喜んだ。
「いいね。戦にかけては情熱的に語るその姿、きっとオーリンも気に入っているだろうね」
「オーリンが……!」
「雑に私の名前をお出しになるのは……というより、本題に入りませんか」
彼は提案する。
「そうだね。本題に入ろう。今日呼んだのはほかでもない」
――密命を下すためだよ。
密命。
「どういうことですか?」
コーネリアが尋ねる。
「先日、フーヴァー侯爵が出奔したのは知っているな」
「ああ知っている。オーリン、私はそこまで情勢に疎くはねえぞ」
「実はその少し前、怪しい女が侯爵の近くで何かしていたんだ」
「へえ、怪しい女が」
「俺が偶然見つけて、尋問のために番所まで連れていこうとしたけど、寸前で強引に逃げられたんだ」
「はあ。それと密命に何の関係があるんだ、ジャスリーのエレノア襲撃事件は、フーヴァー侯爵出奔の一連の何かにあんまり関係なさそうだし」
第一王女が代わりに答える。
「私たちも色々調べたんだ。一言でいうと、関係がある」
フーヴァーに工作して引き抜きをかけたのは、直接にはキャロラインという女。灯火国の貴族にして、かなり弁の立つことで有名な傑物である。
直接には工作はこの弁舌家の行為である。そしてその彼女を動かしていたのは、ほかならぬジャスリーであった。
「ジャスリーが……!」
ジャスリーは、先の合戦以来、自分の勢力を増すことに興味があるようで、キャロラインを取り込んで動かせるようにしたり、フーヴァー引き抜きによって発言力や情報を得ようとしたり、自分の信念を曲げてでもエレノアに闇討ちを仕掛けたらしい。
噂では、軍学に長ける何者かにも誘いをかけているとか。
「軍学ですか。どういった人間です?」
なおフーヴァーはそのような人物ではない。
「分からないけれども、少なくともこの王国の者ではなさそうだね。つまりオーリンやエレノアではない。たぶん在野の有望な誰かがいるんだろう」
「はあ。あと、フーヴァー侯爵を弁舌で丸め込めるほどの人間が、ジャスリーに取り込まれるというのも不思議ですね」
「その辺も分からなくて申し訳ないけど、きっと単純にからめ取られたわけじゃない。断片的な報せを聞く限り、野心とかの気配が濃厚だね。野心は人を突き動かす力のうち、最も単純で、一番分かりやすいものだよ」
そして第一王女は、ニヤリと不敵な笑み。
「そうだとすれば、その弁舌家キャロラインを、こちら側に誘う余地もあるってものだよ」
第一王女は、そこでオーリンを、ではなくコーネリアを指した。
「その大命を、コーネリア、あなたに任せようと思う」
「……へっ?」
間抜けな声を上げた。
「あの姫様、こういうのはオーリンとかじゃあ……?」
「オーリンは無理だ。キャロラインと最悪の接触をしてしまっている」
「俺はさっきも言った通り、フーヴァー侯爵の件で、キャロラインを捕らえようとして逃げられた。印象は最悪だ」
オーリンは頭をかきながら話す。
「どんなにオーリンが弁舌巧みでも、この経緯では無理ってものだよ。それに……」
「それに、なにか?」
「そもそも彼は向いていない」
王女はその美しさをかげらせるような硬い表情で腕組みする。
「キャロラインは、なにしろ野心的で舌も回る。経緯を抜きにしても、オーリンみたいに理屈の巧さで詰めていっても、どうなるか分からない。論破もされうるし、彼女は一度、己の野心と打算の末にジャスリーに与した、はず。それから日の浅いうちにオーリンの誘いに乗ることは、そう簡単なことではないはず」
「自尊心ですか?」
「それもあるだろう。だけどそれ以上に、主というか与する相手を短期間でコロコロ変えたくはないはず。義理堅さからじゃなくて、世間からの目ってやつだよ。心の中では造反をいとわない根性を持っていても、他人もそれに賛同するとは限らない」
「そんな面倒な相手を、なぜ私なんかに」
「オーリンがいきさつ上使えないというのもあるけど、第一には、策謀に頼らないその素直さ、実直さだよ」
王女が言うと、コーネリアは首をかしげる。
「よく分からんものですね。まるで私が筋肉だけでできているような言いようですけど、さすがに私は自分がそうだとは思えないんですが」
「そうは言っていないさ。そうじゃなくて、なんていうのかな、人と話すときに、欺きとかハッタリとか、口車とか建前とか、そういうのを使わないんだよね」
「当たり前です。それは誰しも当たり前でしょう」
「そうでもない。およそ人間は、どうしようもないときには、多かれ少なかれそういったものを使うものだよ。口先ばかりの怪しい学者……とかはあまり接触する機会がないだろうけど、少なくとも貴族の中にそういった輩がいることは、知ってはいるだろう」
「なるほど、確かにそうです」
「あなたにはそういったものが特に少ない。もしオーリンが任にあたったら、全力でそういった技術を使うだろうけど、あなたはもっと素直な言葉で相手に向かうだろうね」
「そうですか? 仮にそうだとして、私が逆にキャロラインに丸め込まれる危険とかは」
「それはないよ。あなたはそうならない聡明さを備えている。それにオーリンと対立する構図も浮かばない」
「お、お、オーリンは関係ないですよ」
「そうだね。ごめんごめん。……ともあれ、あなたの実直な言葉で、キャロラインを説得してほしい。引き受けてくれるかい?」
聞くと、答える。
「謹んでお受けいたします」
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