第28話・戦乙女の災難

 その日の帰り、オーリンは市場に足を運んだ。

 彼の家は、貴族にしてはそう裕福ではないため、自分で食材を買って帰ることもあった。

 なおエレノアは同行していない。

「この肉を三杯、この山菜を五束」

「あいよ、まいどっ!」

 金銭を支払うと、彼は少し遠くに珍しいものを見つけた。

 干した果実。しかしあの色、形といい、灯火国の特産ではないか。

 ということは、そこにいる行商人は、灯火国の情報を持っている可能性がある。

 彼はやや駆け足で向かう。

「ご機嫌うる……こんにちは。これはまた珍しいものを売っていますね」

 とっさに出た貴族言葉を取り消し、別の言葉で上書きする。

 さすがに下級といえど、貴族であることは市場の中では隠したい。

 危険がないとは限らない。

「よう、あんちゃん。これはちょっと前に灯火国で仕入れたものだ」

「なんと……私の従兄弟があっちにいるんですけど、あの国、最近どうですかね」

 出任せを吐いたが、そこはオーリン、慎重に踏み込む。

「貴族様とか将軍閣下たちは危機感を抱いてるみたいだな。なんせこの前の戦で、ほら、戦乙女エレノア様が活躍したじゃないか」

 突然の武闘馬鹿が二つ名付きで話に出てきたので、オーリンはとっさに後ろを向いて「ブフッ」と吹いた。

「どうした、あんちゃん」

「いえ、むせただけです。……エレノア様があの国でも噂になっているんですか。さすがは、くふっ、戦乙女、清い戦いをなさる方です」

「いやあ、あの国でもかなり焦っているみたいだぞ。ところであんちゃん、こっちは古い製法だが、新しい製法のこいつはどうだい、今なら安くするぞ」

「あ、ありがとうございます。それぞれ五束ずついただきます」

「うい、まいどあり!」

 貴重な情報を聞いた。あまりにも貴重で、危険を感じさせる。

 彼は足早に、貴族の邸宅区画へと歩き出した。


 数日後の夜。

 エレノアは夜道を家へ向けて歩いていた。

 馬車の車輪が壊れてしまい、しばらく使えなくなったのだ。なんでも維持管理が不十分であったということらしい。

 あとで馬車係の下人には怒らなければならない。懲罰処分にしないのは、さすが武門の名家、懐の深さが見えるといったところか。

 ともかく、彼女は夜道を警戒しながら歩いていた。彼女もやはり武人であり、闇夜を警戒する心得や、どのように行く道を選び気配を察知すべきかは、体と感覚に染みついている。

 そのようにしていると、彼女の哨戒範囲に捉えられた不審な者が一人。

「誰だ、出てこい!」

 彼女が剣を抜くと、素直に出てくる。

 その刺客は、やはり剣を握っていた。黒装束に身を包み、目出しの覆面をしていた。

「物騒な、番所に来てもらおうか」

「その必要はない。お前はここで無様に斬られるからだ!」

 女の声。

 それを気にする間もなく、刺客は一瞬で距離を詰め、オーリンにも比肩する紫電の一撃を繰り出した!

「くっ!」

 エレノアは紙一重でこれを防ぐ。

 不利な、結果の見えた一騎討ち――はすぐに形勢逆転した。

「エレノア殿、やはり!」

「オーリン殿、そちらをお願いする!」

 ご存知、剣の達人オーリン。そして警備部隊で二つ名がつくほどの剣客ネビル、ウィンスター。駆け付けた……というより、近くでこの機を待っていた。

 ここ数日、オーリンはエレノアの身辺を警戒していたが、馬車が「偶然」この時期に壊れたことで、より彼女の身に危険が迫っている疑いを強めた。そこでいつものネビルとウィンスターに護衛を頼みつつ、ともにエレノアから一定程度離れながら曲者を待ち構えていたのだ。

 曲者もさるもの、形勢を悟り、すぐに逃げようとするが、オーリンが回り込む。

「どけ!」

「どくものか、喰らえ!」

 オーリンの一閃。彼女はかわし切れずに、覆面がはらりと落ちる。

「……ジャスリーか、また懲りずに!」

「うるさい、ここは見逃してやる!」

 言うと、ジャスリーは小さな煙玉を投げつけた。

「しまっ……!」

 煙が辺りを包む。

「げほ、げほ!」

「くっ、どこだ!」

 しかし、消えるころにはジャスリーの影はどこにもなかった。

「逃げられたか」

「……見逃すか否かはこちらの都合だろうに……」

 オーリンは見当違いのことをぼやいた。


 この襲撃事件は速やかに報告された。

 第一王女に。

 もちろん国王、というか側近や宰相にも報告が回ったが、結局は単なる暗殺者が、一武将を手にかけようとした事件にすぎない。彼らにとっては、即時に、夜も明けぬまま緊急召集をするというほどのことではなかった。

 しかしこれに機敏に対応しようとする者がいた。先述の通り、第一王女である。

「オーリン……無事でよかったよ。私にとってきみは失ってはならない存在だ」

 第一王女は目をぬぐう。

「あの、王女殿下」

 そして報告者オーリンは問う。

「その反応は奇妙ではありませんか。こたびの曲者は、私が殿下にエレノア殿の警護についてご相談申し上げ、ともに考え合って守り方を練り、殿下の威光によってネビル殿方をお借りした一件と認識しておりますが。それから私の横にエレノア殿本人もおりますゆえ」

「ああ、そうだね。戦乙女エレノア殿も無事でよかった」

 王女は適当に述べる。

「まあこのぐらいでいいよね。ところで」

「エレノア殿の扱いがひどくありませんか」

「ところで」

 王女は強引に続ける。エレノアは終始無言である。

「なぜ標的がエレノアだったかだけれど」

「先の戦の軍功者だからでしょう。実際、誰が軍功第一に収まるかは、多少意見の割れるところではあります。しかし世間としては、ジャスリー隊の襲撃を撃退し、水攻め工作の成功を決定づけたエレノア殿を称賛しておりますゆえ」

「フヘヘ」

 戦乙女はかすかに笑ったが、すぐに普段の表情に戻る。

「つまり、こちらの戦意をくじく目的で、エレノア殿を殺めようとしたと思料いたします」

「戦力を削るのもあるのではないかな」

「無くはないでしょう。しかし合戦は集団で行うものです。それゆえ、たとえ穴が生じようとも、単純な戦力としてなら、集団の連携で埋め合わせるものです」

「私の代わりはいるのだな……」

 若干落ち込むエレノアに、彼は言葉を継ぐ。

「そうでもありません。戦乙女殿は、いわば本邦における戦いの象徴でもあります。その地位、一種の偶像性は余人では務まりません。属人的なものでしょう」

「フヘヘそうか。それは良かった」

「話を戻しましょう。私は一連の灯火国の動きに、合戦の予兆を感じます」

「そうだね。それは明らかだよ」

「今後の我らの動きは、慎重にかつ機に応じて敏速にする必要があります」

「でも具体案が浮かばないんだろう?」

「その通りです。そこで、私からみて才のあり信頼もできる、エレノア殿と、コーネリアの二名を、この私室会議に加えさせていただきたく存じますが」

 提案。至極真っ当な論理であった。

「『数人の智者は、一人の怪傑に勝る』というものかい?」

「然り。私は己を怪傑などと言う気はありませんが、おそらく彼女たちを交えたほうが、よりよい動きをできるかと」

「うーん、まあオーリンのお願いなら仕方がないね。うん、いいよ」

「ご英断、恐れ入ります」

 コーネリアはこの場にいなかったが、勝手に加えられた彼女を含めて、ここに私室会議は拡充をしたのであった。

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