第27話・イチャつき
彼は引き続いて、腹心メリッサに声を掛けた。
「メリッサ、監視をしていてほしいことがある」
「なんでしょう?」
彼はフーヴァー侯爵と不審な女の一件を話した。
「というわけで、背信行為を防ぐための監視をしてほしい」
「なるほどですね。しかし、侯爵も、というか不審者のほうも、もう対策しているのでありませんか、よりにもよって一筋縄ではいかない主様に見られているのですから」
「それはそうだが、しかし」
考え込むオーリン。
「私も配下の者を使って監視や調査をしますが、思ったような成果は挙がらないかもしれませんね。例えばですが、対策されていたら、邸宅の中に人をやって深く、例えば密談の内容を漏らさず掌握するといったことはできないでしょう」
「確かに、忍び込むのも、使用人などの名目で埋伏するのも、難しい気はするな」
メリッサは答える。
「おおせの通りです。私は、ご命令があれば全力を尽くしますが、大きな成果が得られるとか、工作を断念させる何かを収めるとか、そういったことに関しては、限界もあります。その旨ご理解いただければ幸甚です」
「分かった。その上で、監視と調査をしてほしい」
言うと、彼女は優雅に一礼する。
「かしこまりました」
厳しい状況だった。
ある日の早朝。
「主様!」
オーリンの部屋の中に入り、主を起こす者があった。
「……メリッサじゃないか。どうした」
「フーヴァー侯爵が出奔しました!」
寝ぼけまなこが一瞬で覚めた。
「なんだって!」
「家族や側近とともに、灯火国の方角へ逃げられました!」
「馬鹿な、間者たちは?」
「それが、集団で現地に敵が潜んでいまして、王女殿下の間者と力を合わせても、妨害はかないませんでした」
「なんだそれ、その規模の敵がいたとなると、ちょっとした騒乱じゃないか!」
「然り……」
「謎の女が出入りしている時点で、止められなかったのか」
「面目ありません。出入りの痕跡が見当たりませんでした。密談を繰り返しているであろうことは明らかでしたが、その訪問の瞬間はなぜか捉えられず……」
「むむ、きっとその女の技術が高いだけではないな。背後に優秀な計画者がいるんだろう。まあいい、メリッサ、こたびは阻止失敗は見えていたことだし、まず敵に斬られなかっただけでも儲けものだ。大儀であった」
「ああ、主様、ご寛恕くださり大変痛み入ります」
「構わない。あまり落ち込むなよ。……そうだ、あの謎の女について、素性、人となり、主従関係などを調べてほしい。今後のためにな」
「謹んで拝命いたします」
あの工作者、もしかしたらジャスリーの手の者ではあるまいか。
それは単なる憶測にすぎない。ジャスリーと全く関係なく、灯火国の王の命により任務を遂行したのかもしれない。しかし、なんとなくではあるが、先の戦で剣を交えたあの女の気配が感じられてならない。
彼は、もう二度寝には遅すぎる時間なので、あきらめて顔を洗いに行った。
彼が出仕のため、徒歩で王宮に向かうと、エレノアが馬車で行き過ぎ……ようとして、オーリンの隣で止まった。
「おお、『臆病者』オーリンではないか」
彼女は親しげに彼に声を掛ける。
「お、エレノア殿。戦乙女殿ではないですか」
「フフフ、よしてくれよ」
「先日の戦ぶり、私の身の周りではずいぶん話題になっているようですよ。貴殿なくしては勝利はなかった、と」
俺のほうが貢献の度合いで言えば遥かに上だけどな!
しかしオーリンはその煽りを口には出さなかった。戦争は集団の連携によるものであるし、ミレーベル兵装の兵士とその指揮に慣れたエレノアがいなければ、工作を成功させるのは少しばかり難しかったのも事実。
だが、そういった問題ではない。状況として感謝と礼を尽くすべきであるし、なにより、オーリンは彼女を以前のように不快には思わなくなっていた。
一方、言われたエレノアは。
「フフフ、フヘ、やはり私ほどの者でないと、オーリンを手取り足取り、真っ当な貴族になるように教育するのは難しいようだな!」
「この話題でなぜそうなるのでしょうかね」
彼は言葉とは裏腹に、少しだけ、ほんの少しだけ微笑んだ。
「とりあえずだオーリン、この馬車に乗るんだ」
「へ?」
「行き先は同じ王宮だろう。それまで私の教えに耳を傾けるんだ。たっぷり、その、互いを理解しよう」
教えを垂れるのか相互理解をするのか、不思議な言い分である。
「……まあいいか。それではお言葉に甘えます。失礼します」
「フフフ、隣に座るんだ、フヘ」
戦乙女はすっかりふにゃふにゃした表情だった。
エレノアの家の馬車は、すぐに判別できるような意匠である。決して派手というわけではないが、形といい塗りといい、珍しい造りをしている。
また、この馬車は低速で街を走るようになっている。武門の家の威光を、悠然とすることではっきり知らしめるためといわれているが、その詳細はさすがにオーリンも把握していない。
ともあれ、ゆえに、彼女の活躍を知る大勢の人間から、こういった反応も出てくる。
「戦乙女殿! お早い出仕ですな!」
「先日の奮戦、お見事でした!」
「戦乙女様、ごきげんよう!」
いずれも馬車の外から、ある程度大きな声でのあいさつである。
「元々エレノア殿の無ぼ……ではなく武勇は明らかでしたが、あの戦のご活躍以降はさらに誉を得ているようですね」
「フフフ、フヘヘ、オーリンまでおべっかを使うなよ、照れるじゃないか」
彼女は彼を肘でつつく。
「エレノア殿、もし万一、また戦をすることになったら、そのときもためらわずにその力をお貸し願いたく思います」
「なんだなんだ、そんなの当然じゃないか。ほかならぬオーリンのお願いだからもちろん聞くけど、そうでなくても戦で手を抜いたり、見苦しい逃げ腰になるつもりはないぞ」
「まあ、そうおっしゃるだろうとは思いましたが……ちょっと最近、不穏なもので」
「私がいれば大丈夫だ、どっしり構えることだな、ハッハッハ!」
やたら上機嫌な彼女に、オーリンは少し離れたくなった。
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