第25話(本編終)・戦うことの正しさ
だが、ジャスリーほか工作妨害部隊はまずもって生き延びた。
「相手が一枚上手だったみたいだね」
「ぐうう……!」
「我が国の国王は撤退に成功したらしいよ。砦の人たちも、和議で撤収できそうだって。私たちも帰ろう」
しかし、セリアの言葉にジャスリーはいきり立つ。
「オーリン、オーリンだけは許せない、やつをここで斬るわ!」
「じゃあどうするの。このボロボロの部隊で戦うなんて無茶だよ」
「苦難を無茶と言えば、なんだって無理難題よ。私は奴を倒す、奴はどこだ!」
そこで声がした。
「『奴』はここだ」
暁光王国の若き俊英。臆病者オーリンその人。
「お前が、お前なんかに勝たせはしな……くっ!」
逃げる際にどこかで負傷したようだ。ジャスリーは顔をゆがめる。
「両軍の間で和議が成った。今ここで貴殿を斬って手柄にすることはできない。命は取らないから、安心召されよ」
「ならばどの面下げてここへ……!」
「偶然だ。そこの副将殿の言う通り、お帰りいただこう。あくまでも戦うというなら、和議の違反者としてここで始末してもよろしいが」
「この……!」
「ジャスリー、ここは帰投しよう。私じゃ、ジャスリーをかばいながらこの人たちと戦うことは無理だよ」
だが。
「無理かどうかは、私自身が決めることよ!」
言うとともに、彼女は抜剣した。
和議不服従の意思あり、と思われたのか、オーリン側も一斉に武器を構える。――ジャスリーの手勢には戦う意思が無いようだが。
しかし、オーリンはそれを制止した。
「ものども、待て。事は和議に関する。原則的に、不服従者を制圧する戦力は相当程度に均衡でなければならない」
要するに、相手が一人なら原則として一騎討ち、または数人で制圧をすべきだということだ。この世界ではそのような慣習があり、それはジャスリーも知っている。
だからこそ、彼女はここで剣を抜いたのだった。
「オーリン……そのゆがんだ理念を、ここで私は打ち砕いてみせる!」
言うと、すさまじい気迫の踏み込みとともに上段から打ち下ろす。
オーリンが感じる限り、自分にも引けを取らない、神速の一撃だった。
だが。
「甘い!」
彼はこれを受け流す。
「ゆがんだ理念とは、ずいぶん身勝手な罵倒だな。それを戦死者の墓の前で……いや、遺族の前で言えるか?」
「言える! 戦死者とはすなわち、死ぬのもやむを得ない機会に死んだ者。謀略で唐突に無念の死を遂げるのとは大違いだ!」
彼女の剣が勢いを増す。純然たる理想を乗せた剛剣と、正義の狭間で道を開く智の剣が、互いに折れそうなほどにぶつかり合う。
「貴様こそ、その腐った理念を、ザイラスやギムレットの縁者に堂々と吐けるものか!」
「言えるに決まっている。だからザイラスの縁者たる貴殿の前で『吐いている』のだが、耳が遠いのか、物覚えが悪いのか?」
煽りを加えるのを忘れないオーリン。
「世界は……世界は間違っている。謀略で悲しむ人間がいていい道理などない!」
「奇遇だな、俺も前半は支持する。世界は間違っている。戦で人が死んでもいい道理などない。死ぬのもやむを得ない機会は、あったとしても最小限であるべきだ。特にそれが戦であるのならば、決して手放しに肯定してはならない。数えきれないほど悲しむ人間がいるからな」
穏やかに、というより淡々と話す。
「つまり、手放しに人の戦死を肯定する貴殿こそ、この世界にいてはならない」
「違う!」
ジャスリーはまたも果敢に斬りかかるが、彼は防ぐ。
「量の問題ではなく質、死ぬのもやむを得ない状況で死んだのなら、それは悪しき死ではない、貴様はただ単に量でしか人間を勘定していない!」
「当たり前だ」
「なにっ!」
オーリンは突きを払ってさばく。
「人の命に質があるとして、その大多数は、悲しむ人間もあり、その死は惜しまれ、人の心を沈ませるものだ。つまりほとんどの人間は、命の質など比べようがないものだ。一部を除いて、だがな」
彼は構えながら語る。
「だから、俺は量で人命を勘定することをやめない。質を考えていれば、結局そのようにしかなりようがない」
「戯言を、ただの方便ではないか!」
「これが方便に聞こえるなら、貴殿は頭が腐っている」
最後、吐き捨てるように彼は言った。
「ふざけるな、貴様は悪魔だ、人の心を操って人道を曲げる悪魔だ!」
更に苛烈さを増し、互いの剣が激しく打ち合わされる。悲鳴を上げるがごとく。
「もっともらしい理屈で人を煙に巻く悪魔め、この私が討ち果たしてやる!」
全く話の通じる様子はなく、彼女は彼に立ち向かう。
狼の執念。その剣は刃こぼれすら意に介さず、その腕はしびれすら置き去りにする。
だが、限界はやってきた。
「ぐああっ!」
ジャスリーはオーリンに剣を弾かれ、取り落とした。
同時に抑えていた痛みがひときわ強く走り、彼女はひざを突く。
「かはっ、はあ、はあ」
もはや戦える状況ではない。いや、初めからそうだったのだが、もう無理すら利かない調子なのだろう。
「オーリン、貴様は、断じてこの世界にいていい存在ではない!」
「寝言は地獄で言え。終わりだジャスリー、和議違反で死刑を即時執行――」
しかし唐突に戦いは終わった。
「そこまで! ……私たちとしてはこれ以上和議に異を唱えるつもりはありません。そこの人、剣を没収して」
「はっ!」
セリアがジャスリーを荷物のように回収し、兵士の一人が取り落とした剣を押収する。
「セリア、離して、私はまだ……!」
「何言ってるの。続けていたら首と胴が離れていたよ。もういいよ、撤収する。オーリン殿、ご迷惑をおかけしました」
突然の終幕に、オーリンもやや当惑する。
「うん、まあ、和議の通りになるのなら」
「さあ行くよ。隊列は極力乱さずに帰投する。これは副将として、戦闘不能の大将を代理しての命令だよ」
「御意」
「セリア、私は、私は」
「しゃべらない。これ以上具合を悪くしたら死んじゃうからね」
彼女たちは、ジャスリーを数人で抑えながら帰投していった。
かくして、オーリンは戦功を挙げ、国と仲間たちを守ることに成功した。
王都に帰れば、論功行賞で結構な報いを期待できるだろう。
コーネリア、エレノアは先に帰投している手はずであり、いま横にいるのはメリッサと一部の手勢のみ。
「色々ありましたね」
メリッサがつぶやく。
「なんというか……変わったご令嬢でしたね」
「それは……まあ、生じた事情に対処するだけだ。自分から何かを挑みに行く道理はない。ましてや『奴』のためだけに戦争するなどとんでもない」
彼は乗っている馬の手綱を握った。
「俺は『臆病者』だからな」
★★★★
ここまでが公募に送ったときの原稿です。
ただ諸般の都合がありまして、最終編、後日談、あるいは外伝のようなものを、あとでこの話の直後に追加しようかな、などと思っております。
本編は完結しましたが、最終編等を含めて考えると、厳密には完結していないことになります。
完結保証の文言を反故にしたともとれる状況につきまして、お詫び申し上げます。
ともあれ、少々お時間を頂きますが、続きがアップされるまで、種々ご海容くだされば幸いです。
また、もしこの作品を「いいな」と思っていただけましたら、星評価やブックマークをよろしくお願いいたします。
●2021/11/7
続きのアップを開始しました。よろしくお願いいたします。
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