第24話・水攻め

 オーリンは、両軍が対陣するのを観察した。

 灯火国軍は北側で、暁光王国軍が南側。中央には灯火国の砦と、その背に洲が入り乱れている。灯火国は選ばれた主力を砦の中に、他の戦力を洲の中と周辺に布陣させており、さらに北の山を背にしている。全軍を砦に入れなかったのは、ひとえに砦が小さくて全軍が入りきらないというのもあるだろう。

 なお、洲の上流は東側の、別の山にあり、そこから川が流れている。

 暁光王国の陣の周辺には特段の変わった地形はない。ひたすら平野である。

 なぜ灯火国は山の上に布陣しなかったのか。――簡単なことで、つまりは水供給の水源を失いたくなかったのだろう。

 このような個別の事情をよく理解し、安易に教科書通りの布陣に流れなかった、というのは、相手に結構な軍略家がいることの証でもある。

 ジャスリーか。異常をきたしていると聞いたが、なるほどそれでも失脚も処罰もされていないだけはある。

 オーリンは妙に納得した。


 その「結構な軍略家」であるところのジャスリーは、本営から、とある地点を見すえた。

 敵は必ず「あの場所」に来る。そこで勝敗を決する工作を行うに違いない。

 それが成功すれば、きっと敵は――まず間違いなくオーリンであろうその敵は、そのまま灯火軍の背後を突くように動く。

 そうはさせない。絶対にその計略を阻止しなければならない。

 ……兵の編成はどうするか。

 敵の目的はあくまで工作。そして公然と見えないよう、隠密に行うはずだ。ということは、敵兵は軽装にして少数、工兵が中心と見た。間違っても騎兵など来ないだろう。

 ならばこちらも軽歩兵中心で向かい、数の力で工作を破却する。

 兵数を集めるのに少し時間がかかるが、そもそも相手に機動的な兵科である騎兵は見込まれない。工作に不向きだからだ。計算上は充分に間に合う。

 やるしかない。オーリンに宿命の対決を挑む。

 腹案を固めた彼女は、上申のため大本営に入った。


 その数日後。

 オーリンはその地点にたどり着いた。

「よし、手はず通り工作を開始しろ。ここが大一番だ。じきに敵も来るはず」

 言うと、「軽装の」兵士たちはいそいそと作業に取り掛かる。

「オーリン、本当にあたしは工作に専念していいんだな?」

「で、私の手勢は戦闘に専念か」

 コーネリアとエレノアは口々に聞く。彼女たちの部隊を借りて、現場指揮をオーリンが行っている形になる。

「そうだ。そうでなければならない。工作が成るまで、エレノア隊はここを死守してくれ」

「承知した。オーリンの頼みとあれば仕方がない」

 兵士たちはその間も、工具を運び、土袋などを持ち上げている。

「さて、敵は奴かな?」

 オーリンは腕を組んで険しい表情をした。


 ついにジャスリーは、セリアや兵士を引き連れて目的地付近に到着した。

「ははは、オーリンはまだたどり着いてすらいないな、これは愉快痛快だ!」

 敵の影は一見して見当たらない。

「まさかここを抑える能すらなかったとはね。聞いてあきれるわ!」

「待ってジャスリー、それはいくらなんでもおかしいよ」

「何が?」

「いないはずがない。周囲を警戒しないと――」

 その瞬間、頭上から無数の岩が降ってきた。

「しまった!」

「こしゃくな、どうせ敵は軽装、叩き潰して差し上げるわ!」

 ワッと出てきた暁光王国軍と切り結ぶ。

 しかし。

「これは、ミレーベル兵装!」

「確かに軽装だけど、まさかこんな!」

 火計に弱いかわりに、軽くて異様に硬い。通常の鎧具足であったほうが、まだしもずいぶんやりやすかっただろう。

 もちろん、ジャスリー側に火計の用意などない。あったとしても、接敵してから焼き払うのは現実的ではない。

「あの臆病者め、突っ込むわ、大将さえ倒せば!」

「待ってジャスリー、上からものすごい音がする。近づいてくる!」

 彼女はその方向を見た。

「まさか、敵の計略は完遂したのか!」

「早く逃げよう、このままだと『濁流』に押し流される!」

「だ、だけど!」

「いいから早く! 溺死しちゃうよ!」

「くっ……オーリンのクソ野郎め、死んでしまえ!」

 無理矢理に撤退させられる大将は、憤怒の様相であった。


 東の山。川の水源近くの場所を、オーリンはジャスリーより先に占領した。

 そして、その流れを一時的にせき止め、充分に水が貯まったところで一斉に放水。

 怒涛のごとく押し寄せる波。

「こ、これは!」

「呑まれるぞ、早く逃げろ!」

 しかし軍勢の多くは洲の中に陣を敷いており、オーリンの生み出した濁流はまさに彼らを直撃した。

「ナッシュ! これにつかまれ!」

「無理だ、これじゃ流れるだけだ!」

 水計。

 オーリンの計略により、砦に駐在している戦力以外の軍勢は壊滅した。

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