第23話・出陣の時

 一通り買い込みを終えたオーリンは、城に品物等を納入、報告をし、家に戻った。

 そこで聞いたのは、ジャスリーによるヨハンの粛清だった。

「なんだそれ……そんな無法が通るのか?」

「とりあえず、事実で間違いありません」

 淡々とメリッサが報告した。

「聞く限り、ヨハンに非は全くないじゃないか。蓄財の咎……確かにこのご時世、金を貯めるのは多少の勇気がいるが、しかしな」

 彼の言うとおり、この時代は、財をたくさん持っているというだけでも、道義性が多少は揺らぐ風潮だった。

 しかしそれにしても誅殺はありえない。

「それにそもそも、ヨハンのご母堂が大病で治療代が要るのは本当ですからね」

「服をむこうとするのを振り払っただけで造反の罪に格上げ……どうあってもヨハンを始末したかったようだな、ジャスリーは。滅茶苦茶だ」

「それを通す宰相ほか重鎮たちも、大概ですね」

「ジャスリーの弁舌が巧みだったのかもしれないが、それだけではないだろう。ヨハンが目障りだったか、ジャスリーが重鎮たちに気に入られたか」

「後者はありえます。俸禄を節約する国ですから、俸禄以外の行動理念を持つジャスリーは、重用されているのかもしれません」

「理由があるといえど、ヨハンもヨハンで、そういう国の中で蓄財をしていたのだろう。まあヨハンは不幸だったな、同情する」

「おや、敵に同情ですか。私の気持ちも分かってほしいですね、なんて」

「意味が分からん。まあいい、ひどいこともあったものだ。俺も気を付けよう」

「然り、それがよろしいかと」

 話は無難な結論にまとまった。


 それからほどなくして、暁光王国の貴族たちに緊急の召集があった。

 内容は、少なくともオーリンには予想がついた。

「集まってもらったのはほかでもない。灯火国が我が国に宣戦布告した」

 国王が直々に告げる。

 衝撃を受ける者は――オーリンが見る限り、いないようだった。

 これまでの顛末をみれば、全くおかしくはない。むしろ驚くほうが不自然でさえある。

 もっとも、オーリンは驚きはしなかったものの、「臆病者」として憂いてはいた。

 合戦か。仕方がない流れではあるが、合戦が始まってしまうのか。

 冷酷な理想主義者の夢は、また少し遠ざかった。


 合戦に駆り出されるのは、もちろんオーリンだけではない。

 かの「戦乙女」エレノアも部隊長として当然動員されるし、戦いのイメージの薄いコーネリアも出陣する。ペデール男爵も立派な戦力だ。

 もっとも、オーリンは基本的には参謀としての出陣である。そのため、もし部隊を率いることがあるとしても、兵はどこかから借りることになる。

 役割は違うものの、皆に仕事は割り振られる。


 ジャスリーも、灯火国で密かに闘志を燃やしていた。

「かの『臆病者』オーリンと戦う時ね。私の理想に近づくため、容赦はしない」

「ジャスリー……」

 自分の留守中にヨハンを粛清した、そのことを知っているセリアは微妙な顔。

「こたびの宣戦布告も、あなたの差し金?」

「さすがにそれは違うわ。もともとあの国とは確執があった。最近は私もそれを加速させたけど、そもそもこれはいずれ来る運命だった」

「運命ね」

 セリアは何かを言いたそうにつぶやいた。

「人が死ぬのは戦いの中においてのみであるべき。こたびの戦いの中で、ひとまずオーリンは死ななければならない。そうすれば最低限の規範は守られる」

「でもセリアは暗殺しようとしたじゃない」

 反論めいた言葉。しかしジャスリーは余裕綽々で返す。

「何度も言うけど、先に正道の枠の外にいたのは相手だから。それが最終的に枠の中で処理されるとすれば、オーリンはむしろ私に感謝しなければならないわ」

「感謝って……」

「なにか? 私の言っていること、間違ってるの?」

「いや、なんでもないよ」

 セリアは言葉を呑み込んだようだった。


 しばらくして、暁光王国では出陣の式が行われていた。

 国王が自ら辞を述べているのを傍目に、オーリンは考える。

 戦争が始まってしまった。

 いや、まだ戦争自体は、というか作戦行動は始まっていない。しかし戦を可能な限り避けたいオーリンにとって、もはや出陣式が行われている以上、この戦争は始まったも同然。ここまで来ては避ける手段が無い。

 とはいえ彼は、戦争回避が出来なければ泣き寝入りしかない、などという惰弱な思考をする人間ではない。

 いま敵味方が持っている札を前提に、現状を下敷きにして、それでも最大限の善処をするしかない。

 つまりは勝利。

 戦術の限りを尽くし、敵を策謀に陥れ、味方の犠牲を抑えつつ敵を倒す。

 さじを投げて無血の敗北を選べば、確かに将兵は死なないだろう。しかしそれが選べるほど、彼は理想を追い求める人間ではなかった。

 現実に屈しつつ、それでも不条理に対して抗いたかった。

 それは、決して理屈で片付く信条ではなかった。


 そのオーリンを心配げに見つめる女がいた。

 コーネリアである。

 オーリンの信念は、コーネリアにとっては複雑怪奇、容易に見通して全てを把握できるものではなかった。

 彼女はそこまで優れた「主義の読解力」を有してはいなかった。

 しかし、それでも分かる。

 彼は多かれ少なかれ葛藤を持っている。戦争をしたくない心を持ちつつ、それをぐっと押し隠し、現実を正面から見ようとしている。

 たとえそれを「理想をたやすく捨てる軟弱者」ととがめられようと。

 誰にとがめられるか?

 市民でも貴族たちでもない、きっと自分自身に。

 コーネリアは、彼が兵法の勉強をしてきたことを知っている。むしろ彼女のような幼馴染が知らない方がおかしい。

 とすれば、今こそが、その忌まわしい知見を用いるべきなのだろう。

 彼が初陣の頃、ザイラスらに作戦を滅茶苦茶にされたことをコーネリアは知っている。

 しかし今、オーリンの献策を握りつぶす人間はもはやいない。むしろ、その献策が正しいものであれば、後ろ盾とされる第一王女が強く後押ししてくれるだろう。

 オーリン、あたしは、いつでも支えてやれるよ。

 彼女は心の中でつぶやいた。これを言葉に出すのはまだ早いように思えた。

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