第22話・防戦とゆえなき粛清
果たして、部隊が襲来する。
「申し上げます、灯火国の部隊がこちらへ向かっております!」
「敵の数は」
「二百との見込みです!」
この納品所にいる警備兵とそう変わらない人数である。
「やはりな。迎え撃つぞ、メリッサは荷駄隊やかくまった貴族とともに一時後退、迎撃の指揮は俺が執る!」
「御意」
メリッサはそう言うと、後退すべき部隊に指示を出し始めた。
いくつか疑問が残る。
なぜ攻撃部隊は二百というわずかな兵力でしかなかったのか。なぜオーリンはそれと同等の人数で野戦を決意したのか。
前者については、様々な答えがある。
そもそも灯火国は、軍事的にオーリン隊を散々に打ち破りたかったのではなく、妨害ができればそれで充分だった。
また、あまり大きな兵力を差し向けると、暁光王国の王都から救援が到着し、決戦が始まってしまう。いずれ行うとしても、その時は今ではない。
そうでなくとも、近隣の城から援軍が来る可能性は充分にある。そうなれば攻撃部隊は一方的に袋叩きに遭う。納品の邪魔は出来ても、それ以上のコストを支払う羽目になる。
そして後者。オーリンが野戦で迎え撃つ理由。それは一言でいえば「防御設備が整っているから」である。
彼は納品所を開く際、敵の攻撃を見越して、柵、空堀、土塁など防戦のための設備を築いていた。城とまではいわずとも、拠点としてそれなりに堅い即席の設備を用意していた。
つまり野戦ではあるが、純粋な野戦ではない。籠城戦の性質を持った野戦である。
そして理由はもう一つ。
――二百なら、個人の武勇がある程度影響するだろう。
大音声でもよいし、一人で次々と相手を斬り倒すのでもよい。一人の飛び抜けた武芸や気迫といったものが、まだ戦況を動かすレベルの規模である。
幸いにもこちらは、オーリンの他に、腕利きのネビルとウィンスターを借りることに成功している。
さすがにエレノアは、頭が心配なので今回の器用な部隊には加えていないが。
ともあれ、ここで攻撃部隊を迎え撃つ理由は充分にある。
「総員、戦闘態勢をとれ!」
彼は己の戦意を感じた。
たちまちのうちに乱戦が始まった。
「暁光の泥棒風情め、くたばれ!」
「ここはなんとしても死守するぞ!」
あちこちで剣戟の音がする。
規模としては小競り合いと表現されるだろう。しかし実際は、どちらも命をかけたやり取りであった。
なかでもよく戦ってるのが。
「『臆病者』オーリンここにあり、いざ勝負!」
「『鬼神』ネビルの敵はどこだ!」
「『剣豪』ウィンスターの相手になる者はいないか!」
総大将オーリンと、借りてきた警察軍の剣客たちであった。
「むむ、手が出ない……」
灯火国側も、命を惜しんでなかなか手が出せないようだ。
もっとも、オーリンと他二者とでは戦い方が違う。
オーリンは地形等を最大限に用い、可能な限り自分が不利にならない立ち回りをして、例えば一度に複数を相手にすることなく戦っている。
一方、ネビルたちは、そんなことを気にせず、たとえ包囲されても余裕を見せるというか、なまっちょろい小細工は無しでズバズバ斬り倒す。
どちらが真に強いといえるかは多少の論争があるだろう。
しかし灯火国総大将セリアは、オーリンを相手にする道を選んだ。
「そこの『臆病者』オーリン、よほどの勇士とみた、尋常に勝負しなさい!」
オーリンはその女こそが総大将と見込み、応じようとする。
「名を名乗れ!」
「私はセリア、灯火国子爵ベリアスの嫡子なり!」
「いいだろう、『臆病者』オーリンが相手だ、いくぞ!」
言うなり、オーリンは斬りかかる。
なお、彼はセリアのことをほとんど知らない。
間者からの報告で、ジャスリーにはセリアという名の友人がいると聞いてはいたが、それ以上は全く知るところではなかった。
「こしゃくな……!」
オーリンの剣を受け止めつつ、セリアはつばぜり合いを始める。
「『臆病者』よ、友人を狂わせた責任は取ってもらう!」
「なんのことだ、戦地でまで因縁をつけに来たのか!」
十数合切り結ぶ。それだけで実力が分かる。
オーリンの思うに、これは勝てる。
きっと相手も、これは負けると思ったのだろう。
「くうっ、少しはやるようね!」
見ると、手が少し震えている。恐怖ではない。オーリンの一撃が重すぎて、受けているうちに手首や腕を痛めたのだろう。
最も与しやすそうなオーリン相手でさえこれである。ネビルとウィンスターが控えているとなれば、戦闘続行は難しい、と考えたのか、セリアは後退する。
「命あっての物種! ここは退く!」
「逃げるとは卑怯者め、背中ごと斬ってやる!」
と息巻くも、護衛の剣士たちに阻まれ、どんどん距離は遠くなってゆく。
「くそ、邪魔だ!」
「ここは通さん!」
もみ合っているうちに、セリアは充分な距離を取り、退却の合図を出す。
「撤退、撤退よ、ここはひとまず退く!」
「追撃は……やめよう、この納品所を守る、しばらく警戒せよ!」
かくして、熱い小競り合いは終わった。
同じ頃、ジャスリーは手勢を引き連れ、ヨハンに詰め寄っていた。
「逆臣ヨハン、蓄財の咎で連行する!」
あまりにも一方的な言い分。
「待ちたまえ。蓄財の咎とはどういうことだね」
「言わずと知れたこと。国に尽くし、国のために奉仕する心を忘れ、己のために財を積んで悦に入るのは、貴族のすることではないわ!」
彼女はきれいな髪を振り乱しつつ、糾弾する。
しかし。
「色々問題がある。まず蓄財は、母が大病を患っているため、その治療代を工面しているだけだ。やましいことはない」
「しらじらしいことを。悪人ほどもっともらしい言い訳をするものよ!」
「その理屈だと善人はいないことになるではないかね。まあいい、第二に、蓄財は罪ではない。たとえ私的な目的であったとしてもだ。分国法ぐらいきちんと読みたまえ」
「罪ではないわ、しかしこの困窮する国の民や、屋敷の管理さえ十分にはできない貴族たちの資金繰りを知っているのなら、一人だけ蓄財は道理が通らない!」
「国民の困窮や俸禄の渋さは国の問題ではないか、私一人を討っても何にもならん。むしろ私は、そのあたりも日々献策と工夫を重ねているつもりだ!」
「己の咎を国に転嫁するか、まさに逆臣の所業!」
「ならば聞くが、いきなり大した理由もなく家に押し入るとは狼藉ではないかね。連行の令状はあるのか、なければ貴殿のほうこそ逆臣に他なるまい!」
「宰相の命令状はある。ここに見なさい!」
そこには、確かにヨハンを連行する旨の命令状があった。宰相の署名も、偽物には思えない。
「宰相の……いや、あの勘違い宰相にはありうるか」
「一国の宰相を愚弄するとは、いったいどれほどの咎を重ねるつもり?」
「貴殿こそが国の汚点であろう。わけのわからぬ狂気のために、咎など何もない私を、不条理な言いがかりで連行するのだからな」
「せいぜい吠えるがいいわ。身体検査をする、ものども、ヨハンの身ぐるみをはぎなさい!」
言うと、兵士たちがヨハンを無理矢理丸裸にしようとする。
「何をする、この無礼者めが!」
一人を突き飛ばすと、大げさに兵士は転げまわる。
「歯向かったわねヨハン。造反の罪で、ここで斬る!」
「何を横暴な、この狂った小娘め!」
ヨハンが壁の剣を取りに行こうとするが、兵士が殺到する!
「やりなさい、やつは立派な逆臣、ずたずたに斬り殺せ!」
幾筋もの剣が、無実の策士を切り刻んだ。
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