第21話・物資買います

 灯火国にて。

「出納役殿、大変です」

「どうした」

 とある商会に風が吹き荒れた。

「暁光王国が、相場の数倍で、軍需品を!」

「どうした、落ち着け、話を整理しろ」

「はあはあ、失礼しました」

 落ち着いた彼いわく。暁光王国が、相場の三倍の価格で兵糧など軍需品を買い取る、ということだった。

 特別に納品の場所を国境近くに設け、その場で検品、量に応じて即時支払いをするということのようだ。

「相場の三倍で、信用取引でもなく即金か。いいな」

「他の商会も、すでに納品に着手しているところがあるようです。例えばスクリーム・ジェネオン商会など」

「何か思惑があるのだろうな」

 出納役は慎重な気配を見せるが。

「しかし、いつ募集が終わるかは分からないようですし、ここはすぐに動いて納品したほうがよろしいかと」

「確かに、掛け売買でなくすぐに現金が入るのも好機だしなあ」

 しばらく腕組みをするが、やがてうなずいた。

「まず会長に話してみよう。とりあえず準備と、暁光王国側の支払の様子を探っておけ。罠で金が入らなかったら困るからな」

「承知しました!」

 まず話す、とは言ったが、実際は暁光王国側の支払実績を確認し次第、すぐに決裁を得るつもりであった。

 またとない商機に、彼の眼は輝いていた。


 同じ頃、灯火国宮殿をはじめとする政治拠点の中でも噂が流れていた。

「伯爵殿、あの噂は聞きましたか」

「あの噂?」

「知らぬふりとは憎いことを」

 ニヤニヤしながら、やせた貴族は太った貴族に話す。

「なんだなんだ」

「暁光王国からの買い占めのことです」

「ああ、三倍か」

「それだけではありませんぞ」

 やせた貴族はニヤニヤを止めない。

「宮殿内から持ち出した軍需品を納品すれば、さらに上乗せして買い取るとのこと」

「……ほう」

「貴族の免状を見せることが条件だそうで」

「……まあ、わしはせんがな」

 あくまでも慎重な姿勢を見せる、太った貴族。

「またまた」

「いやいや。しかしこの話、『情報共有のために』兵站室の皆に話す必要があるな」

「そうでしょうとも、まさに」

 太った貴族はまじめくさったような表情で言う。

「それからどうするかは、皆で話して決めるしかないな。室には貧乏貴族が多いから、あくまで『戒めとして』だな」

「ふふふ」

「まあいい。貴重な情報、感謝する」

 太った貴族は、どうやら現実主義のようだった。


 その日の夜、兵站室が運搬をしようとすると。

「おや、仲間か」

 運び出しをしようとしていたのは、彼らだけではなかったようで、いくつも台車や運搬器具が見えた。

「あああの、サーデイル伯爵、これは」

「よい」

 太った貴族は言い訳を制止した。

「あの、しかし処罰は、その」

「いいことを言おう。我々も同じことをしに来た」

 焦っていた貴族は、焦りを止めた。

「……ということは」

「ともに協力して『必要な場所に』運び出そうぞ」

「……おお……!」

 その貴族は、意を得たとばかりに元気を取り戻す。

「で、では協力して運搬しましょうぞ!」

「おう。お主らはそっちを頼む」

「承知!」

 闇に紛れて、彼らは「金脈」を求めた。


 彼らは貧乏貴族である。というより灯火国全体が、貴族たちの俸禄に関しては、財布の紐が固い。

 端的にいえば、人件費をケチる国であった。

 だからこそ、人心を掌握するにつき金以外の手段に長けるザイラスが台頭したり、逆に潔癖すぎてしばしば度を超えた行いをするジャスリーが生き残っていられたりするのだ。

 さらにはそのせいで、オーリンの金銭バラマキの策謀が、敵に打撃を与えるまでに功を奏するのだが。

「いやあ、これは入れ食いだな」

 オーリンが思わずつぶやくと、メリッサが答える。

「オマケも結構な成果になりましたね」

 言いつつ、入ってきた「もの」を見る。

 それは「物」ではない。「者」つまり人である。

「ああ、ありがたい。対価になんでも話すぞ」

「俺は城の普請図を持ってきたぞ、どうだ」

 どういうことか。

 この「者」は灯火国の貴族たちである。不運にも搬入が露見し、あちらの国ではお尋ね者となっている人間だ。

 この手の人間もかくまうことで、情報を聞き出し、今後の足掛かりにしようというのがオーリンの腹積もりだった。

 そしてその中には。

「全く、あの関所は二度と戻りたくないな」

「あそこは知っての通り左遷地だからな。俸禄もひどい」

 国境の、灯火国側の関所を守る者たちもいた。

 思えば当然である。その関所をどうにかして吸収、または無力化しないと、暁光王国側までブツを搬入することはかなわない。

 前述のとおり、あちらでは人件費が倹約されているため、金銭その他のエサをちらつかせれば、容易に崩れる脆い壁だった。

「金の切れ目が縁の切れ目か……」

 ぼそりと、オーリンがつぶやく。

「おや、主様らしくもないですね。その切れ目こそが謀略の、謀略家の付け入る隙なのではありませんか?」

「それもそうだが、自分の周りはそうであってほしくない」

「むむ」

 オーリンは柄にもなく、うつむいて話す。

「どうしようもない自分勝手な考えなのは分かる。だが、自分と他人のつながりだけは、金と縁が等号で結ばれてほしくはない」

「それもそうですね」

「まあ……俺は謀略家だからな、そうのんきなことも言っていられないか」

「主様」

 メリッサは急に真剣な表情になる。

「少なくとも私は、そうではありません」

「うん?」

「私だけではなく、きっとコーネリア様やエレノア様も、金で主様を見捨てることはありません。ああ、ペデール男爵もですね」

「いきなりどうした」

「とにかく、主様を、金と関係なく、ついでに才覚とも関係なく、慕っている人はたくさんいると、そうお思いになってほしいのです」

 切実なまでに真摯な口調。気圧されるようにオーリンは。

「そうか。それはありがたい」

「お礼の必要などありません。この絆は、感謝で片づけるものではないと考えます」

「そうか。それでもありがとう。……俺らしくもない弱音だったな」

 オーリンは頭をかく。

「さて、まずは相手の一手に備えようか。そろそろ来るのではないかな」

「そうですね。御意にございます」

 彼は前を見た。

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