第20話・物資が欲しい

 灯火国。ジャスリーは自宅で憤慨していた。

 最近、国内で、謀略の巧みさにより頭角を現している人間がいる。

 その男、ヨハンは下級貴族の子息であり、オーリンなど他国の策士に対抗しうる人材として、将来を嘱望されている。

 先日も西域の国へ離間の計を仕掛け、これを成功させ、国を二分する紛争のきっかけを作った。そのおかげで灯火国への脅威は、その勢いを弱めた。

 気に食わない。

 繰り返し述べるが、ジャスリーは謀略を手段として認めない。

 相手が謀略家の場合だけ、策謀を用いて相手をつぶすことを肯定するが、それ以外では使わないし使わせない。

 現実離れしている?

 ジャスリーに言わせれば、そういう連中が現実に迎合しすぎているだけだ。

 現実に抗い、理想を目指し、厳しく己を律して歩き続けることで、人類はそれなりの繁栄を得ることができたのではないか。

 現実に屈し、その靴をなめているのは、賞賛どころか軽蔑に値する。

 ……ジャスリーも、オーリンのような人間に対しての謀略使用を肯定している時点で、現実に屈し靴をなめているようなものだ、という声もあるかもしれない。

 しかし、それをジャスリーに指摘したとしても、彼女は激怒して否定するだろう。

 それとこれとは別だ、と。

 現実に屈するのではなく、むしろ現実に抗っているのだと。

「ともかく、ヨハンは気に食わないわ。やつはどうにかなるべき」

 彼女の自宅に呼ばれたセリアに、物騒なことを話す。

「そんな、仲間までそんなことを」

「仲間? そんなわけない!」

 彼女は強く否定する。

「オーリンと同じ人間が、仲間であるはずがない」

 いわく。人を憎んで罪を憎まず。そして謀略を使いたがることは罪である。だとすれば、オーリンの罪も、同じ傾向を持つヨハンの罪も、等しく憎まなければならない。

 そうしないと、矛盾をきたす。罪ではなく人を選んで憎んでいることになる。

「矛盾は不条理の極み。私はそれを除去しなければならない」

「除去って、何を考えているの?」

「粛清よ」

 ジャスリーは顔色一つ変えずに言い放つ。

「粛清って、ヨハンに逆心もないのに」

「貴族、ひいては国家は清潔、廉潔でなければならない。国の汚点は、なにも逆臣だけではないはずよ。枠を超えた外道も、除去されなければならない」

「ちょっと待ってよ。ヨハンは国のために頑張っている人だよ。造反の噂もない。それを手段が気に入らないからってそれは」

 セリアが止めると、ジャスリーは先日のように拳を構える。

「殴られたいの? あいつはオーリンと同じ、ただの人でなしよ」

「そんなまさか、国のために才を使っている立派な」

「殴られたいの?」

 彼女がぐっと迫ると、セリアはうなだれるように崩れた。

「ジャスリー、どうしてあなたはそうなっちゃったの?」

「どうもこうもないわ。正義を実現するために、私は動いているだけよ」

「そのために頼れる味方を、粛清?」

「頼れる? やつはただの、オーリンの同類」

「オーリンに対抗できる戦力かもしれないのに?」

「同時に同じ罪を背負っているクズでもある」

「その理屈だと、オーリンとかヨハンに謀略を仕掛けるジャスリーも、罪を背負って」

「違う!」

 彼女は声を荒げる。

「私は条理の枠を超えた相手に、やむを得ず仕掛けているだけよ!」

「それはヨハンとどう違うの?」

「違うわ。私は枠を超えていない相手には決して術策を使ったりしない。戦場の用兵以外では、日常を侵害したりしない!」

 話の決着がつかないことを悟ったのか、セリアは頭を抱えた。

「もう、ジャスリーの好きにすればいいと思うよ。私は参加しないし、ここで帰るけど」

「そうね。さっそくヨハンの排除を考えないと」

 なぜか気をよくした彼女は、鼻歌交じりに策を練り始めた。


 数日後、オーリンは評定に出席した。

「戦の始まる気配がある」

 国王が厳かに告げる。

 特にざわめきは起きなかった。以前からきな臭いのは、オーリンは知っていたし、他の面々も各々の情報源や感覚で分かっていたのだろう。

「もっとも、我らには今一つ物資の備蓄が少ない。兵糧、衛生用具、火薬、矢、その他消耗品において、全体的に少しばかり蓄えに不安がある」

 それはそうだろうな、とオーリンは思う。

 ここのところ、戦のない時が長かった。あまり買い込みはしていないはずで、むしろ古くなった消耗品などを廃棄し、更新をあまりしていないと見える。

 兵糧に限らず消費期限はあるのだから、仕方がない。

「もう一つ懸念すべき点がある。敵となるであろう灯火国は、すでに充分すぎるほど物資を調達しているらしい。もし持久戦になった場合、相手はかなり長期にわたって耐えるだろう」

「つまり先に底をつくのは」

「そう。我が方だ」

 国王はうなずく。

「幸いにも、我が国は先日の金脈の発見により、資金を豊富に使える。だが……灯火国はすでに多数の商人を味方につけており、なかなか今から我が方が大量に物資を調達するのは難しいのだ」

 そこへ第一王女が言葉を継ぐ。

「しかし、我らとしても備蓄に不安を持ったまま戦うのは不安がある」

「つまり」

 つまり。

 一として、灯火国の商人をどうにかするか、新しいルートを見つけるなりして、軍需品の調達を行う。物流の形勢としてまずこれ自体が容易ではない。

 二に、灯火国の備蓄に損害を与えることができればよい。手段は問わない、というより、それを考えるのが受命者の役目である。

 なお、予算は潤沢にある。金はあるが、商人を灯火国に押さえられているため、買うルートが少ないという現状。

「これらの点を踏まえて、戦前の調達等を誰かに任せたい」

 言うと、オーリンはすぐ名乗り出た。

「そのご命令、ぜひ私にお任せください」

 異論は――出なかった。

 オーリンの「臆病者」の風評は、ひとまずこの主命には関係がないし、むしろこういうことをこなすのがオーリンであるべき、と周りは思っているはずである。

 オーリンは戦が嫌いであっても、何もできない役立たずではない。

 競争心を燃やすエレノアも、さすがに自分の領分ではないと思っているに違いない。

「うむ。オーリンにこの主命を任せようと思う。慎重に励めよ」

「御意」

 彼は静かに頭を下げた。

 灯火国で粛清の嵐が吹き荒れようとしていたが、それは彼にとって関係ないか、または好都合である。もっとも、彼はまだそのことを知らない。


 彼は一度家に戻り、メリッサを呼んだ。

 事情を話すと。

「なるほど。私がすべきことは」

「当ててみてほしい」

 彼は気まぐれに質問をした。

「なかなか想像できません。ただ、買い込みをするのですから、運搬の手配をするなどは確実でしょうね」

「まあ正解だ」

「あとは……灯火国の物資を削るとなれば、首都の兵糧庫とか、倉庫に放火などでしょうか。いわゆる焼損というものですね」

「それは外れだ」

「むむ。難しいですね。正解はいかに」

「正解は、少し卑怯だが複数ある。それは……」

 彼は腹の内を語った。

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