第18話・迫る刃
オーリンたちがしょうもないやり取りをしている一方。
ジャスリー。
「やっぱり暗殺しかないわ。オーリンを街中で襲撃する」
「えぇ……」
セリアに相談――といえるのかどうか、を持ち掛けていた。
闇に呑まれかけている女。その親友は、ゆえなき憤怒で殴られてもなお、ジャスリーを見捨ててはいなかった。
「暗殺……ってことは、また暁光王国の首都に潜入するの?」
「ええ。『臆病者』の生活を徹底的に調べて、隙を見て斬り捨てる」
「でも、オーリンはすさまじく強いと聞いたよ。その実力を隠しているとも」
言うと、ジャスリーはかぶりを振った。
「私なら互角の勝負ができるわ」
「そうなの?」
「オーリンの剣術は、一対一ではギムレットに一回り劣るくらい。実際に見たから間違いない」
「で、ジャスリーは?」
「ちょうど私も同じ程度。先日、討ち入りの前にギムレットと手合わせをしたけど、惜しいところで勝てなかった」
「ううん……話を聞く限り、確かに奇襲でなら勝てそうだけど」
「『勝てそう』じゃない、『勝つ』。有言実行しかありえないわ。それに」
彼女は煮えたぎる公憤の表情で言う。
「正義は『勝たなければならない』。悪に負けることは許されない」
「いやその……」
セリアは言葉に詰まる。
「それを止めるというなら、再び拳を振るうことさえ辞さない」
「ううん、もうジャスリーの中では結論が出ているみたいだね……」
セリアは悲しげにつぶやく。
「まあ実際、オーリンは底が見えない相手だから、暗殺したい気持ちもわかるけどさ」
「でしょう。じゃあやるしかない。やると思った時にやらないと、結果は出ない」
「うん、まあ」
「セリアに協力してとまで言う気はないわ。実行するのは私。それぐらい分かっている」
彼女は立ち上がった。
「怨敵オーリンを、必ず倒してみせる」
彼女はまたも暁光王国の王都に潜入を果たした。
本来なら、門の番兵をごまかすところから難題であるはず。
しかしそこはジャスリーにとって幾度も通った道。あっさりとチェック機能の隙間を突いて、くぐり抜けることに成功した。
潜入したところで、まずはオーリンの生活パターンをつぶさに観察する必要がある。
いきなり斬りかかるのも悪くはないが、この案件は特に急速を要しない。じっくりあわてず取り掛かる必要がある。
一刻も早くオーリンをこの世から排除すべきなのは、ジャスリーにとって堅い使命なのだが、それはそうとして拙速に挑んではならないのもまた道理。
彼女が朝早くからペデール邸近くに張り込んでいると、オーリンの姿が見えた。
――あの男が!
どうやら彼は、馬車を使わず徒歩で出仕するようだ。
彼女は別の場所に待機させていた馬車を放置し、静かに彼の追跡を始めた。
何日にもわたる追跡の結果、以下のことが分かった。
どうも彼は友人と遊ぶ機会がそれほど多くないようだ。
強いていえば、彼と親しいのはコーネリアとかいう女性貴族と「戦乙女」エレノアだが、現状、少なくともそれほど頻繁には遊び回ってはいないように見える。
しかしこの二人は、ジャスリーの記憶が正しければ、ギムレットとの戦いで助太刀に来た者であったはず。つまり、ジャスリーに襲撃されたオーリンを救援しに来る可能性がある。
特にエレノアは、オーリンを別格としても、非常に腕が立つ。ジャスリーはその上を行っているはずだが、この三人を同時に相手にすれば、さすがに不利を取るだろう。
それに、オーリンにはメリッサという配下もいる。メリッサ自身はあくまで間者であり、彼女自身はオーリンやエレノアには劣るが、それでも現場にいれば厄介なことは確か。
すぐに仕留めなければ、最悪、一対四の勝負となってしまう。仲間たちが周りにいなければよいが。
この点、ジャスリーが仲間を引き連れてくればよかった、と思う人もいるだろう。しかし彼女は、少なくともこの機会では、自分の手でオーリンを斬りたいと考えていた。
冷酷で残忍、外道たる悪の魔物。そのオーリンに引導を渡すのは、正義たる自分でなければならない!
それは強固な信念だった。
ジャスリーはしばらく観察を続けたのち、決行の日を決めた。
この日なら、オーリンは確実に一人で夜道を歩き、家に帰る。
つまりは一対一。油断しなければまず討ち取ることができる。
彼女は踊り子の扇情的な服装と、覆面をしっかりと締め、帯びている剣舞用の剣の柄を握った。剣舞用とはいっても、しっかり刃のついた、殺傷力のあるものだ。
この露出の多い衣装を着るのには、多少の羞恥心が――なかった。
必要ならいかなる手段をもってしても、異分子を排除する。羞恥心など感じている暇はない。
さらに付言するなら、夜の街というのは得てして、こういう扇情的な容姿をした娼婦が闊歩してるものであり、露出が多すぎるから目立つ、といったことはない。
この服装を選んだ一番の理由は、覆面を自然な形で身に着けることができるから、というものだったが、ともかく決して不適な服装ではなかった。
相手は人道を外れた相手。暗殺も、そのための入念な策謀準備も、すべて許される。
許されなければならない。そうでなければ、道理という枠はたちまちに崩れる。
ジャスリーはオーリンを追尾しながら、静かにその時を待つ。
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