第17話・余韻
家に帰ると、オーリンは邸宅の主ペデールに頼んで、会食の許可を得た。
「コーネリア嬢はわしもよく知っているし、エレノア嬢はあの『戦乙女』だからな、断る理由がない。エレノア嬢は少しばかり知恵が苦手と聞いたが……まあ別にいいか」
「よいのですか」
「ここで気にすることではないからな。だがなオーリン」
ペデールは不意に真剣な顔をする。
「なんです」
「最後に選ぶのは一人だぞ」
「はあ。そうですか」
「分かっていないようだな……まあいい、今はな」
ペデールはため息まじりに言った。
「ちなみにメリッサは所用で出かけている。良かったのか良くなかったのか」
「えっ、メリッサは関係ないのでは」
「まあいい。……うちは料理人の腕だけは一流だから、エレノア嬢もまずいとは言うまい」
「我が家が唯一大盤振る舞いしているのが食事と料理人ですからね。厳しい家計の中で」
「今更だな。いい仕事はいい食事によって生まれる。前から言っているだろう」
「それはその通りですね」
「まあ……仮に口に合わなかったとしても、エレノア嬢は不平など言わないだろうな」
「はあ。そういうものですか」
「分かっていないな……全く」
ペデールは可哀想なものを見る目でオーリンを見やった。
食事。
一方は猫かぶり。もう一方は柄にもなく緊張。
「ふふっ、エレノア様、だいぶ緊張しておいでですのね」
「いや、その、あの」
エレノアが緊張しているのは、コーネリアが急に猫をかぶって混乱しているからでもあるのではないか、とオーリンは考える。
そしてもう一つの原因は。
「私は、こういうことに慣れておりませぬゆえ……」
どうやら彼女は、貴族としての社交の経験が少ないようだ。
よく考えれば無理もない。
そういった礼法の代わりに、武芸の鍛錬や合戦の方法を仕込まれたのだとすれば、そのようなことにリソースを割くことができなかったのだろう。
実際、エレノアの一家は代々武人の家系である。家全体がそうなのだとすれば、その教育方針も想像がつくというもの。
その点、限られた予算ではあったが、その範囲内でならなんでも会得することが許されたオーリンとは違うのだろう。
むしろオーリンのような例は、彼自身としては少数派に思えた。
一方、コーネリアは煽り倒していた。
「あらあら、天下に名高き戦乙女様は、いったいどうなさったのでしょうか? いつもの戦場でのご活躍のようなものが拝見できないとすれば、実に残念なことですわ」
「くっ……」
言いたい放題だった。
なお、ペデールはコーネリアの本来の調子を知らない……はずである。付き合いは長いが、彼女はペデールにはあの調子を使わない。
そのため、ペデールはエレノアが緊張している理由の一つを知らないはずである。
「コーネリア、お前、さっきからなぜ淑女のような振る舞いを」
「ふふふ、おかしなことをおっしゃいますね、淑女のような振る舞いこそが貴族の証ではございませんこと?」
「おいコーネリア、その辺にしておけ」
さすがに止めたくもなる。
元々、オーリンはエレノアに助けられたから今回の会食をするに至ったのだ。彼としては、それを忘れてはいけない。
「ふふ、オーリン殿に止められたら、そうするしかありませんわね」
「やっぱりコーネリアはおかし」
「なにがでしょうか?」
「……いや、なんでもない……」
エレノアは追及を諦めたようだった。
「ところで、我が家のオーリンの危機を救ってくれたそうだな」
ペデールが改めて話を切り出す。
「ええ、オーリン殿にはよくしていただいていますから、当然のことですわ」
「お礼には及びません、ペデール男爵。私はすべきことをしたまでです」
両者とも、本当にそう思っているようだった。
「それでもお礼を言わせてほしい。愚息を救っていただき感謝する」
ペデールは頭を下げた。
「そんな、頭を下げられるほどのことではございませんわ」
「いや、大きなことだ。……オーリンはたった一人のわしの息子だ。いつも無茶ばかりして、自分自身を危機に追い込む、しょうもない人間だ。だがそれでも、わしはオーリンに死んでほしくはない」
ペデールは続ける。
「どうか、もし余裕があれば、身勝手なお願いかもしれないが、今後もオーリンを助けてやってほしい。今回のように戦ってくれなどとは言わない。ただ、もし愚息が困っているときは、少しだけでもいいから力を貸してやってほしいのだ」
言うと、コーネリアたちはすぐに返した。
「もちろんですわ。これまでもこれからも、オーリン殿は大切なお方ですから」
「私が助けられるのは、それこそこたびのような戦いにおいてのみですが、喜んで助太刀を承ります。どうかご安心めされよ」
「お二人とも、ありがとう、感謝に堪えない」
ペデールは涙を見せた。
昼の会食を終えた後も話が弾み、帰るのは夕方になった。
「オーリン」
「分かっております。二人とも家まで送ろう」
という話になり。
「馬車はいま修理中でな。ボロいからな……」
ペデールは頭をかいた。
「ともかく、徒歩でお送りしても構わないかな」
「もちろんですわ」
二人とも、自宅まではもともと馬車で行かなければならないというほどの距離ではない。徒歩でも充分どうにかなる近さである。
「ではお送りしてまいります」
「ご苦労。行ってこい」
オーリンは内心「面倒だな」と思ったが、そもそも発端は「二人にお礼がしたい」という当然かつ自発的な意思によるものである。仕方がないと思い直した。
「行こうか、お嬢様方」
言うと、コーネリアたちは二人とも、どこかムズムズしたような表情を浮かべた。
道中、オーリンは問うた。
「コーネリアが今後も色々助けてくれるのはうれしいし感謝しているが、エレノア嬢が、今後もいざというときに加勢していただけるとは意外でしたね」
「うう……どうせ柄にもないとか、頭の中まで筋肉とか、思っているんだろう?」
「そんなことはありません。私は自分を助けてくださる人を見下したりはしません。『臆病者』は『臆病者』なりに筋を通します」
オーリンにしては珍しく、はっきりした口調で言うと、彼女は一瞬のためらいののち、「柄にもなく」か細い声で言った。
「武人の役目とは、大切な人を守ることにある、からな。……たとえ大切な人のほうが強かったとしても」
「なるほど。そうですか」
その細くも大胆な一言を、あっさり流すオーリン。
しかし。
「こう言ってはまた臆病だのと言われるかもしれませんが、率直に言って、貴女に守られるのも悪くはない」
「なっ……いきなり、な、何を」
あたふたするエレノアだが、彼は至って冷静に続ける。
「私も他人を頼ることを知らなければならないということです」
「そういう意味か……」
「はいはい、エレノア、オーリンはこういう人だから無駄だぞ」
「なっ、何を言って」
「全く、頭の中は筋肉どころか、とんでもない花畑だな。注意しないと」
「さっきから本当に何を言って」
「そうだぞコーネリア。いきなり何を言い出すんだ」
「ああもう、ほんと駄目だこいつら」
空には、暮れと夜との境が走っていた。
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