第16話・両手に花
ジャスリーは、親友にこのことを相談した。
「ということを考えたの。どう思う、セリア」
城下町のベンチで座りながら話す。
もっとも、相談した、という表現は間違っているかもしれない。
彼女はすでに固く心に決めている。謀略家には謀略をもって対抗する。このことはもはや彼女の中では既定事項。
ジャスリーはセリアに「賛同を求めた」という表現が正しい。有無を言わさぬ同意の圧力。自分が正しいということの確認、追認。
だが、セリアの反応は芳しくなかった。
「それ、本当に正しいのかな」
「なんですって?」
ジャスリーは血気あらわに問うが、セリアは涼しい顔で答える。
「ジャスリーの信念は、相手次第で変えていいようなおざなりなものだったの?」
「で、でも!」
「いや、状況は分かるよ。話を聞く限り、オーリンって人はものすごく手強い。手段を選ばずにガンガン卑怯なやり方で詰めてくる」
「だったら!」
「でも、そういうの相手にも、決まりを貫くってのが、本当の信念じゃないのかな」
あくまで穏やかにセリアは語る。
だが。
「……そう。セリアは分かってくれないのね」
ジャスリーは立ち上がった。
「理想を実現する、その苦労も知らずに、最前線で追求する人間のやり方を、安易な理屈で否定する!」
彼女は拳を握った。
「何が『決まりを貫く』よ! いつもそうだ、野次馬はいともたやすく現場の人間をあざ笑う! そのくせ自分の身勝手な一貫性とやらを押し付ける!」
「落ち着きなよジャスリー、私は」
「うるさい!」
ジャスリーは拳でセリアの顔面を打った。
「がっ……!」
「あなたが野次馬である限り、前線にいる私の苦悩なんて分かりはしない。もういい、あなたに話したことが間違いだった!」
「待ってジャスリー」
「もう二度と話しかけないでちょうだい、せいぜい野次馬として冷笑でもしていろ、必ず目に物言わせてくれる!」
ジャスリーは殴ったことを詫びもせず、憤然とした足取りで場を去った。
朝起きると、オーリンは全身に痛みを感じた。
「ってて……」
とはいっても、難病や重傷などではない。ただの筋肉痛だ。
俺としたことが、果たし合いで筋肉を痛めるとは。修業が足りないのだろうか。
と思ったが、深く考えないことにした。むしろ、あのギムレット相手に、筋肉痛だけで済んだのが奇跡である。下手をすれば命まで奪われていた。
そう思うことにした。
しかしふと、あることを思い出した。
あの戦いにおいて、畏友コーネリアと、しちめんどうくさい戦乙女エレノアは、オーリンの命の恩人となった。彼女らがいなければ、筋肉痛を感じることすらできない身――痛みに煩わされることがない、永遠の途絶に追い込まれていただろう。
いくらエレノアが筋肉志向の人柄とはいえ、そこは認めなくてはならない。コーネリアに至っては感謝をしない理由が見当たらない。
何かお礼の贈り物をすべきか。
知っての通り、オーリンは他人を意に介さない陰険策士である。しかしとはいえ、自分を救ってくれた人間に相応の礼をしないほどのクズではない。
せっかく休暇を得たのだし、幸いにも財布の中身はそこそこあるのだから、彼は何か買うことにした。
ところが。
――何を買えばいいものか。
いや、決して彼は女性が無難に喜ぶものを知らないわけではない。
おしゃれな菓子、細密な作りの手巾――謀略用の偽装手巾ではなく、まっとうな贈り物としての消耗品。あるいは少しお高いろうそくあたりだろうか。念のため述べるが、この世界のろうそくは別に霊前で灯すものではない。
エレノアなら武具でも喜びそうだが、まあそれはやめておくべきだ、と彼は直感した。
その中では菓子が無難か。逆に消耗が少なくて長く使うものは、むしろ重い印象を与えるのではないか。
彼が悩んでいると。
「お、オーリンじゃないか。どうしたー?」
ちょうどコーネリアが彼を発見した。
そしてもう一人。
「おや、『臆病者』オーリンではないか!」
エレノアにも出くわした。
オーリンが――隠す理由も見当たらないので――正直に事情を話すと、二人は照れたりニヤニヤしたり、忙しく表情を回した。
「ふふふウヘヘ」
「『臆病者』オーリンにしては気が利くではないか、ウヘヘ」
エレノアは自分をなんだと思っているのか、と彼は思ったが、口には出さなかった。
ちなみに二人とも、今日の出仕は無かったらしい。
無断で宮殿を抜けるはずがないから当然だが。
「で……本人たちに聞くのも妙だが、どういうものがいい?」
むしろ本人たちに聞いたほうが、ハズレがない分、よいのかもしれない。
突然渡して驚かせるようなことはかなわない。しかし少なくとも、好みに合わないものを出して不満を持たれることはない。
ともあれ、エレノアがまず答えた。
「武具が欲しいな」
武具である。
予想外というべきか、予想通りというべきか。
とはいえ、この世界の武具は結構な高値である。暗器のような細かいものもそれなりに高価であり、剣や鎧に至っては、オーリンの財布事情を鑑みるにかなり厳しい。家や国単位ならともかく、個人で、異性への贈り物として気軽に買える代物ではない。
そして、エレノアはおそらく暗器を好まない。
「少し難しいな……」
率直に彼は返した。
「この『臆病者』め、女性への贈り物でそれか」
「いや、限度があるでしょう。武具というものは、家によっては何代にも渡って使い続けるほど高価です。それはエレノア嬢も充分ご存知のはず」
「むむむ」
エレノアはへそを曲げたが、そこでコーネリアが提案する。
「確かに武具は高い。それにオーリンは二人分買わなきゃいけねえんだ」
「むむむ」
「そこで、ここは一つ、贈り物の代わりにオーリンと食事ってことで手を打たないか」
意外な申し出だった。
「食事?」
「そう。オーリンの家に招いてもらって、一緒に食事をするんだ。これなら不公平もないし、物をもらうよりいいんじゃないか、色々」
補足すると、この時代にレストランのようなものはまだない。また、貴族の家では、たいてい料理人が雇われているため、いわゆる外食をする必要性が薄い。
したがって、コーネリアのこの提案は決しておかしな発想ではない。
「それは……いいなあ……」
「オーリンはどうだ、迷惑か?」
「いや、掛け合ってみよう。俺としても助かる。ありがとう」
「そんな、礼なんてウヘヘ」
オーリンは内心、武具を買わなくてもよくなったことに安堵した。
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