第15話・もう一つの暗躍

 時を遡って、伯爵が「臆病者」と剣を交える数日前。

「また来客? この夜にか」

「はっ。なんでも緊急の用件だそうです」

「……緊急の用件……」

 ギムレット伯爵の脳裏に、ラグネルたちの顔がよぎる。

 そういえば、ラグネル邸が何者かにより焼かれそうになったとか。

 何かを感じた伯爵は。

「よい。通せ」

 この来客にも何かを感じた。

「御意」

 ほどなくして、客間にて、ギムレットと客は顔を合わせた。

「ご尊顔を拝し恐悦に存じます」

 丁寧に挨拶する客。女性のようだ。ギムレットはその女性に、貴族の雰囲気を感じた。

 もしこの場にオーリンたちがいたとしたら……それでも、この客の正体をつかむことはできなかっただろう。

 なぜなら彼女はジャスリー、宿敵ではあれど、彼らがまだ一度も会ったことのない、この段階では未知の人物だったからだ。

「あいさつはよい。緊急の用件なのだろう?」

 伯爵が促すと、ジャスリーは話し始める。

「ええ。実は……」

 いわく。

 伯爵とラグネルに噂を流し、ラグネル邸に火を放った人物は、「臆病者」オーリンという謀略家である。

「臆病者オーリンか。戦を嫌う人物と聞いた」

「やつは風評通りの人柄ではありません。その本性は冷酷にして陰湿です」

 オーリンは工作により伯爵とラグネル一味を分断し、同士討ちを狙おうとしている。

 ……というより、もはや計略は最終段階。

「どういうことだ」

「ラグネル一味が、この城に討ち入ろうとしています」

「……なんだと!」

 ギムレットは目を見開いた。

「そこでご提案があります」

「ほう」

 ここでラグネル一味を返り討ちにしても、結局はオーリンにより、ギムレットは失脚するだろう。弁明の通じる状況ではない。

 そこで。

「ラグネル一味との交戦中に、信頼できる家臣とともに行方をくらますのです」

「むむ」

「そして、もし伯爵様にオーリンに一矢報いるお心があるなら、計略が成功したとぬか喜びしている彼らを襲撃するのです。彼らに因果応報の理を教えるのです」

 彼女の言葉が熱を帯びる。

「幸いにも、私の仲間たちが常にオーリンたちの居場所をつかんでいます。討伐の際は、私達もご協力いたしたく」

 彼女のその眼に、破邪の熱気がこもる。

「……決断の時です。暁光王国に巣食う怪物を、いまこそ討つべき時です!」

 ギムレットは、そこに一筋の光を見た。


 しかし、その光は平和と謀略を愛する男に打ち砕かれた。

 その男、オーリンは第一王女に報告する。

「以上の顛末で、伯爵ギムレットの暗殺、ラグネルの謀殺に成功しました」

「ご苦労。しかしギムレットの暗殺に関しては、偶然の要素が大きいね」

「ギムレットがなぜラグネルの襲来を返り討ちにできたか、隠れ家をどうやって突き止めたか……いや……他にも不可解な点は山積み……」

「そう、まさにその通りなんだよ」

 王女はうなずく。

「もしや、外部の誰かが関与しているのでは?」

「私も同感だよ。しかしそうだとしても、おそらくその人が働きかけたのはギムレット側。灯火国は反国王派を支援していたはずだから、よく分からない行動だね」

「灯火国ではないのでしょうか……しかし全く別の国が、この機をもって突然介入するのもおかしいと思います」

「そうだね。あまりにも謎に満ちている」

 王女は腕組みした。

「利害を考えず、例えば何かの信念のためだけに肩入れした、とすれば説明がつきますが、事実が分からないことには、何も説明したことにはならないですね」

「まあね。しかし、そういう物好きもいるのだろう。オーリンも、利害より優先している信念があるな。私はそれをよく知っているつもりだけど?」

「……仰せの通りです」

 多少の語弊があったが、まあだいたいその通りだったので、彼は異論を挟まなかった。

「まずは調べる段階だ。私の方でも間者に調べさせるけど、できればオーリンも気に留めておいてはほしい。けど、まずきみ自身はまずゆっくり休んでくれ。ギムレットがだいぶ手強い相手だったみたいだからな」

 死を覚悟したほどの、剣客伯爵。

 できれば二度と、あの格の相手とは戦いたくない。戦いを嫌うからではなく、純粋に討死したくないからだ。

「私としても、もしメリッサを動員できれば、調査を命じておきます。非常に不可解なのは私も同じですから」

「できればメリッサにも休んでもらいたいがね。まあいい、下がってよい」

 オーリンが去っていく際、第一王女は「命と体を大事にね」と声をかけた。


 他方、ジャスリーは覚悟を決めた。

 いや、すでに覚悟は決まっていた。

 天下の「臆病者」もとい残忍な謀略家オーリン。唾棄すべき人格破綻者。

 あの男を倒すためなら、自分は策略を用いることもいとわない。

 陰惨な謀略を使わない、というルールを破り続けている人間を、愚直に正攻法でこの世界から排除する。正義にはそれしか許されない。

 ……そのような不公平な話がどこにある!

 彼女は思う。規則の枠を外れた人間に対しては、規則を超えた力をもって叩き伏せるべきだ。規格外には規格外を、枠の外には枠の外を。

 そうしなければ、守れないものがある!

 矛盾と言われてもよい。基準を方便で使い分けているとそしられてもよい。

 オーリンの息の根を止める事で、秩序が守られるのなら、オーリンと同じ手段を用いてもよい、いや、用いられなければならない。

 全ては公正な戦いという作法を守るために。

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