第14話・死闘の末に

 二人が小屋から出ると、二十人の敵影と対峙する。

「『臆病者』オーリン、討ち取りに参った」

 ギムレットは剣を抜く。刃はよく手入れされ、月の光を映す業物。

 その構えを見て、オーリンは悟った。

 この伯爵、やはりとてつもなく強い。

 体幹はブレず、力むこともない。視線も最適化されている。剣の手入れはもちろん、他の要素を見ても、ギムレットの実力を下に見てもよい要素がない。

 どころか、一対一なら負ける確率のほうが高いだろう。

 脂汗が出る。現実的に、彼の死は目前まで迫ってきている。

「ギムレット伯爵、なぜここへ来たのです」

「ちょっと色々あって、居場所は特定できた」

「そうではありません」

 努めて冷静に会話を続ける。

「なぜ我々を殺す必要があるのかということです。貴殿の失脚は、おそらくもう覆らない」

「それでもいい。私と、私を信じてきた家臣たちのため、お前を斬らなければ事は収まらないのだ!」

 しかしオーリンは冷笑する。

「ふん、もっともらしい理屈で、無駄に屍を増やすのか」

「なんだと?」

「そうではないか!」

 彼は大声で罵る。

「失脚が覆らないのに、家臣たちとやらのために人を斬る? 貴様のような格好をつけたがる人間が、要らぬ戦を生むのだ!」

「なに!」

「死ぬなり地位を降りるなら一人でやれ! 他人を巻き添えにするな!」

「ぬけぬけと……!」

 ギムレットは不快をあらわにした表情をするが、さらにオーリンは畳み掛ける。

「この討ち入りは、家臣のご機嫌をとるための行い、つまり無駄そのものだ。それらしい空虚な大義、実態は無駄のために人死を増やす。これが罪でないとしたらなんだというのか!」

 やっていることは、必要性のない戦争と同じである。彼はそう考える。

「盗っ人猛々しいな、オーリン。討たれるようなことをしたのはお主だというのに!」

「それはそれ、これはこれだ、貴様のような人間がいるから、世に戦は尽きないのだ!」

 盗っ人猛々しい。そんなことはオーリンも分かっている。

 しかしそれ以上に、彼は無用な流血を嫌う。

 たとえ自分が原因だったとしても、それとは別の話だ、と臆面もなく言い切れる。それほどまでに、彼の意思は堅い。

「分からず屋め、その流血好きの性根を、ここで叩き切ってやる!」

「居直りはなはだしい。己の罪と傲慢さを分からせて進ぜよう、いくぞ!」

 取り巻きたちが一斉に剣を抜いた。


 ギムレットはたしかに剣の腕が立つ。しかしそれでも、オーリンとメリッサの奮戦の前に、一人、また一人と倒れていく。

 彼らの力量の程からすると、二十人でオーリンたちに猛攻を仕掛けるというより、ギムレットが仲間二十人をオーリンたちから守るといった構図になる。

 要するにギムレットの家臣たちは、足手まといになってしまったのだ。

 それは全く意図していなかったのだろう。ギムレットは、オーリンがそこまで腕の立つ戦士だとは思っていなかったはずである。

 そしてそれはオーリンも同じ。伯爵が剣術を修めているという噂は耳にしていたが、実際の力量を見る機会は無かったのだ。

 あなどっていた。

 戦いの大地には、いま、オーリンとメリッサ、そしてギムレットが立っている。

「まさか、こうなるとは」

「ギムレット、投降しろ。役立たずの家臣どもを守るのに消耗しきったお前では、俺には勝てない」

 言うと、しかし、剣客伯爵は嘲笑を浮かべた。

「オーリン、お主も消耗しているだろう。家臣を守ろうとした私の剣に」

 ハッタリはやはり効かなかった。

「さあオーリン、私の刃の前に散るがいい。私は伯爵を降りるか、はたまたあの世へ旅立つことになろうが、いずれにしても先に逝くのはお主だ。そうでなければ仲間たちが浮かばれない!」

「ハッ、馬鹿馬鹿しい」

 オーリンは冷笑するが、ギムレットは全く動揺しないようだ。

「たとえ謀略に負けても、この剣には仲間たちの想いを乗せている!」

「謀略に負ける時点で貴様は劣等にすぎない。その剣にどんなカスを乗せようと無駄だ!」

 オーリンが上段に構えると、ギムレットが猛然と斬りかかる!


 その瞬間、投げナイフがギムレットを襲った。

「ぬうっ!」

 伯爵はすんでのところで気が付き、その一撃を紙一重で避けた。

 オーリンに斬られる前に、すぐに体勢を戻して構え直す。

「伏兵か、卑怯者め!」

「護身に卑怯もクソもあるか!」

 物陰から現れたのは、コーネリア。

「どっちでもいい、あたしの名前はコーネリア、オーリンを傷つける奴を許さないだけ!」

 彼女は細剣を抜いて構える。

 だが、事実としてコーネリアの奇襲は失敗した。人数としては三対一だが、それでも力量差でいまだギムレットのほうが有利と見える。

「ギムレット、貴様は領主より武芸者の道を生きるべきだったな。どう見てもそちらのほうが向いている」

 半ば負け惜しみ、半ば皮肉として、オーリンはつぶやいた。

「天の与えた職分を、私は果たすまでだ」

「面白くもない使命感だな。大衆酒場の酒より安っぽい」

「なんとでも言え」

「言うさ。どうせ貴様の失脚は覆せないのだからな!」

 言葉の応酬。それが果し合いに無意味だったとしても。

 しかし、その無意味な行為を切り裂く一本の矢。

 その矢は、過たずギムレットの脇腹に突き刺さる!

「ぐっ……!」

「かかったな、一気に詰めるぞ!」

 オーリン、メリッサ、コーネリアが一斉に斬りかかる。

 意外な一撃を受けたギムレットは、反応が間に合わず、まともに刃を浴びる。

「ぐあっ!」

「その腐った性根、あの世で悔やむがいい、とどめだ!」

 オーリンの剣が、彼の首をはねた。


 なぜコーネリアがここにいるのか。最後の一矢を放ったのは誰か。

 答えは単純。コーネリアとエレノアが、様子を見に現場へ来ていたのだ。

「矢を放ったのはエレノア嬢ですか」

「そうだ。私は剣だけの女ではないのだ」

 彼女は自慢気に胸を張る。

 だが、武将であろうと武芸者であろうと、この時代のそれらが複数の種類の武器を使えるのは、さして驚くことでもなかった。

 メリッサの提案した策とは、簡潔にいうとこの二人を用いた奇襲だった。

 増援となった二人に、オーリンの様子を見に来ることを、彼女は事前に相談された。もちろん彼女としては断る理由はないので快諾。

 しかしギムレット一味の襲撃を感知し、彼の途方も無い力量を悟った彼女は、予定を切り替え、二人を奇襲に回すように手配した。

 それも、二段階の波状的な奇襲をするように取り計らった。

 コーネリアの一撃が失敗するのは予想通りだった。一度奇襲をはねのけたギムレットが、無意識のうちに「もう奇襲はない」と油断するのを読み通し、エレノアの助太刀を重ねた。

「私に感謝しろ、『臆病者』オーリン。あのまま打ち合っていたら、……あまり言いたくないが、死んでいたんだぞ」

「あたしにも感謝しろよ。全く、無茶ばかりして……」

 全くもって正論だった。

 だからオーリンも頭を下げる。

「そのとおりだ。ありがとう、コーネリアとエレノア嬢」

 まっすぐな言葉。二人が目をそらすほどに。

「お、おう、全くもう、本当にもう」

「『臆病者』にしては、やたら素直ではないか。どういう風の吹き回しだ」

「どうもこうもない。実際、二人がいなければ命を落としていた。感謝する」

 オーリンは自己の信念を持つにあたって、一つ忘れていたことがあった。

 それは、自分が死んでは、戦争予防もなにもないということだった。

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