第12話・任務遂行
正論というのはいつも、何かを切り捨てるための口実になりたがる。
オーリンの思うに、彼自身がそうである。
戦争を回避するためという正しさのために、文字通り人を――戦争で死に至るよりは少ない人数ではあるが――斬り捨て、または間接的に死などに向かわせて社会から切り捨てる。
しかし、それの何が悪いのか、というのが彼の考えだ。
戦は、誰もが知っているとおり、悲惨で無残な営みである。それを避けるために、たとえ外道の方策であったとしても、考えうる手を尽くす。
これがそれほどまでに非難を浴びるべきものだとしたら、もはや人間にできることは何もない。
戦は嫌だ、謀略も嫌だ……ならば不満を抱いたままくたばる以外にしようがない。
きれいな手段であざやかに戦争を避ける?
なら、そう主張する人間がやってみればいい。
そしてこの世から切り捨てられればよい。成功したら、それはそれで、その者が引き続き活躍するべきだ。
オーリンはそのありえないほどの超人に全て任せ、内地でのんびり過ごすまで。
むしろそんな人間がいるのなら、彼は諸手を挙げて歓迎する。
それはともかく。
「ギムレットをどうやって謀殺するか」
ギムレットの領地「流雲地方」の隠れ家で、オーリンはメリッサに話す。
「それをお考えになるのが、主様のお役目でしょう。私めはそれを実行するのみです」
これこそ正論だった。
「いやまあそうだが」
「ひとまず報告いたします。ギムレット伯爵は、造反を迷っているようです。たまにぶつぶつと何事かつぶやき、顔色もすぐれない日があり、最近はだいぶお痩せになったようで」
「むむ」
オーリンは身を乗り出した。
「それでも領地経営はちゃんとしているのか」
「然り。彼の内政手腕はいささかも鈍らず、領民は概ね満足しているようです。軍備も、反逆のためかどうかはともかく、主に防戦の研究に余念がないようです」
「ちょっと待て」
彼は彼女を制止した。
「伯爵の体調が悪いのは、働きすぎによるものではないか?」
もしそうだとしたら、造反の意思は、少なくとも、観測できる範囲では存在しないとみるべきことになる。
しかし彼女は否定する。
「そうでもありません。ギムレットはこのところ、腹心数名に頻繁に、何事か相談を重ねているようです。内政のことなら、彼がかねてから招致している専門家のほうに諮るはずです」
「その腹心は、各専門分野には通じていない、と」
「ええ、そのとおりです。彼は専門家集団と政略上の相談役を、明らかに分離しています」
「それで、あえて政略の達者に事を諮るということは」
「左様、造反のことと見えます」
筋の通った推論だった。
「なるほど、なるほど。しかし、ギムレット伯爵はまだ完全には、造反を決意していないのだな?」
「はい。そのあたりは、反国王派からの働きかけが未だ続いていることから分かります」
「それが謀逆のための打ち合わせである可能性は?」
「ありません。打ち合わせなら、反国王派はあれほど荒っぽい様子にはならないでしょう」
「むむ」
質問が尽きると、彼はうなずいた。
「なるほど。それなら、じっくり暗躍を始めるとするか」
「策が浮かんだのですね」
「そうだな。単純な策だ」
彼は言うと、外套をまとった。
「行くぞメリッサ。あくまでも慎重に仕事をする」
反国王派の旗頭は、その名をラグネルという。
ある日、彼のもとに来客がある、と使いが報せに来た。
「耳に入れたいこと?」
なんでも、彼に聞かせたいことがあるという。
「どういうことだ」
「はっ、なんでも主様の身の振り方に関わることだとか……なんともうさんくさいですが」
「身の振り方?」
怪訝な表情をするラグネル。
「むむ、怪しいことには怪しいが」
「追い返しますか」
「いや」
この男の脳裏に、反乱関連の事柄がよぎった。
たぶん、いやもしかしたら、造反に関するなんらかの情報提供ではないか。
一応、造反関連の働きかけは公言しているわけではないが、しかし全くの秘密というほど水面下の状態を保てているとは言いがたい。
外から情報提供などがあってもおかしくはない。
「会おう」
「主様、よろしいのですか?」
「ああ。一向に構わない。多少怪しいが通せ」
「御意」
使いは一礼すると、来客を案内すべく戻っていった。
やってきたのは、薬師の格好をした二人組だった。
師匠らしき男と、その弟子かあるいは情婦と見える女。
「このたびは、気になる話を聞きまして、ぜひラグネル様のお耳に入れたく」
明らかに恐縮しながら、薬師の男が話す。
「気になる話とな」
「はい。実は……」
いかにも恐ろしげに彼は話す。
「単刀直入に申しますと、ギムレット様が」
「ほう」
「国王陛下に取り入るため、ラグネル様や『懇意の方々』を討伐しようと目論んでおられる、と」
ラグネルの目がかすかに見開いた。
「そ、それは確かか」
「そのような話を聞いたことは確かです。きっと陛下への『不満』そのものが偽りで、実際は忠義の士であり、不穏ぶん……もといラグネル様方を、はじめから一掃するおつもりであるに違いない、と聞き及んでおります」
「むむ!」
決してありえない話ではない。ギムレットが有能かつ、ある程度道徳心のある人物なのは疑いのない事実であり、ゆえに国王と共謀してそのような策を用意しているとしても、全く不思議ではない。
「なるほど、なるほど。よく伝えてくれた。それ以上の詳細は何かあるか」
「私めも、なかなか深く突っ込んだ話ができず、これ以上はよく分からないもので……」
「そうか……」
討伐計画の詳細までわかれば、対処も楽になっただろう。だが、さすがにそこまで垂れ流すほど、ギムレットは愚かでもないということか。
「よし、謝礼を渡す。その代わり、あまりこの話は他言するなよ。そして、できれば今後も協力してほしい」
「ありがたき幸せ。もちろん、私としてもむやみに広めても無意味であることは弁えております。今後もぜひともご協力させていただきます」
薬師は謝礼を受け取ると、「しからば御免」と冷静にあいさつして去っていった。
その数日後、ギムレットが農業指導に従事していると。
「来客?」
「はっ。旅の楽士のようで」
楽士など呼んだ覚えはないし、そもそも彼は音楽を楽しむ感覚を持ち合わせていない。人と人との交流、そして民の幸せな姿こそが彼の望みであった。
彼は農具を置いて問う。
「いかなる用件かな」
「なんでも……その、ラグネル様方のことについて、のようです」
ギムレットの全身に一瞬、緊張が走った。
「なるほど。ラグネル殿たちの何についてかな?」
「それは、伯爵様ご本人に直にお伝えしたいと」
間違いない。これは聞き逃してはならない事柄である。
「会おう。通してくれ」
「よろしいのですか、得体の知れぬものを」
「きっとこれは、ぜひとも聞かなければならない話だ」
彼は再び「通してほしい」と告げた。
旅の楽師は言う。
「簡潔に申します。伯爵様はラグネル様方にお命を狙われています」
「……命を? なぜ?」
問うて、しかしギムレットはすぐに撤回した。
「……いや、おおよそなぜなのかは分かる気がする」
「はい。ご説明しますと……」
ラグネルら反国王派は、先日、どこの者とも知れぬ怪しい人間から「ギムレットは反国王派の首級を手土産に、国王に巧みに取り入り、謀反の疑念を払拭しようとしている」との注進を受けた。
つまり、ラグネルらはギムレットが自分たちを討伐しにくる、との意識を持っている。
「そして、もちろん死にたくはないラグネル様方は、どうやら伯爵様を襲撃し、暗殺しようとしているらしいのです」
「ラグネル殿たちが、襲撃……」
「ありえない話ではないはずです。実際、ラグネル様方は、かなり手荒い交渉を伯爵様になさっていると聞いておりますゆえ」
この時点で、楽士は造反に関する一応の秘密を、少なくともある程度は知っていることが見えるが、ギムレットはそれをとがめようとはしなかった。
「その襲撃は、いつの予定かな」
「私もそこまでは……面目ございません」
楽士はすまなそうに頭を下げる。
「……いや、いい。よく勇気を持って報告してくれた。報いよう」
言うと、彼は金貨の入った袋を出した。
「このぐらいあれば、当面の生活には困るまい。駄賃として受け取って欲しい」
「そんな、私はカネ目当てなどでは決して……」
「それは充分に分かっている。だが、行いには報いなければならない。それが義というものだ。……私への密告を善行とまで言う気はないが、それでもそうしなければならない」
「善行、ですか……いえ、では恐れ多くもありがたく頂戴いたします」
一瞬、楽士は複雑そうな表情をしたが、素直に受け取って退出した。
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