第10話・戦乙女再び

 数日後、またもやオーリンはエレノアに絡まれた。

「おや、これはこれは、またしてもなにやら陰湿な仕事をしていたという、臆病者オーリンではないか!」

 とても面倒そうだ。

「今度はなんです?」

「今度は用兵で勝負しようではないか!」

 再びの挑戦である。

「用兵……模擬戦でもするのですか?」

「話が早い! やはり戦場の華は、個人の武芸より分隊の指揮であろう!」

 見方によっては負け惜しみである。

 彼は呆れるばかりだった。とはいえ、完膚なきまでに敗北を教えなければ、彼女の絡みは止まらないだろう。

「はあ。兵数と場所は?」

「兵数は三百ずつ。場所は玄理の川の中洲を挟んで、それぞれ二百メイルの地点に布陣する。公平を期するのと、兵集めの才から試すのを兼ねて、兵士や下士官の調達と編成は私たち各々で行うとする。日時は――」

 兵たちの調達は、オーリンの知り合いに頼むほかに、メリッサとコーネリアにも協力を頼めば、三百はたやすいだろう。

 面倒だが、この戦争大好きお嬢様に正義を教えてやるには、やむをえない。

 前回以上の大敗を味わわせる。

「分かりました。模擬戦の許可はとっていますか?」

「もちろんだ。訓練の名目でな。だから武器は全て訓練用のを使う。訓練用であれば自分で調達してきても構わない。万一にも武器で難癖をつけられてはたまらないし、そもそも編成も指揮官の責任のもとに自由だからな」

「難癖ですか、それに関してはこちらも同感です」

「お前が負けたらみっちりと兵法を教えてやるからな」

 はいはい、分かった分かった。彼は耳をほじりそうになって、しかし寸前で止めた。

「ふふ、お前が無様に私の靴を舐めるのが楽しみだ」

 変態ではないか、と彼は思った。


 彼はその後、エレノアと共に「戦場」の見分をした。

 どうして二人一緒に行かなければならないのか。それこそ各自でよいのではないか。

 などとオーリンは思ったが、二人でも別に構わないかと思い直した。

「風が気持ちいいな」

 黄昏の陽光。空に現れる昼と夜の境。穏やかなそよ風が、彼女の髪をさらりとなびかせる。

 しかしどうでもよかった。

「川か。兵が通るには難儀しそうですね……どうやってあの川を先に渡り切り、背水の陣で突撃するか、か……」

「ほう、なるほど。ちょっとは頭が回るようだなオーリン」

「これぐらい誰にでも分かることです」

 彼はなんでもなさそうにかぶりを振る。

「ともかく、どうやって先に渡るかですね。手腕とひらめきの問われるところです」

「ふふふ、やはり二人で来て正解だったようだな。手がかりはもらったぞ!」

「そうですか。はいはい」

 オーリンは抑揚もなくそう言った。

「そ、それでな、オーリン」

「では先に帰って策戦を練ります。失礼しま」

「ま、待て」

 エレノアがぐっと彼の腕をつかむ。

「なんでしょう。手がかりをこれ以上漏らすのは、私も遠慮したいのですが」

「その、一緒に食事でもしないか。もう遅いし、私の屋敷に来れば、客人としてもてなす」

「準備で忙しくなるので、失礼します」

 彼はするりと抜けて、足早に去っていった。

「オーリン……」

 彼女は悲しそうな表情をしていたが、彼は知る由もない。


 以上の事情を、彼はメリッサとコーネリアに話した。

「というわけで、模擬戦に参加する兵士を集めたい。頼む、協力してくれ」

 言って、彼は編成の内訳を書いた紙を見せた。

「あの『戦乙女』エレノアと、今度は戦闘演習かあ」

「主様も大変ですね。同情いたします」

「まったくだ」

 彼がため息をつくと、コーネリアが「あれ?」と素っ頓狂な声を上げた。

「えっ、この編成」

「どうした」

「えーと、……ああそうか、そういうことか。いやあ、オーリンも腹黒いな!」

 彼の心を見通したとばかりに、彼女は快活に笑う。

 実際、オーリン自身も、彼女は自分の意図を見抜いたのだろう、と思った。

「なるほど。そういうことですね」

 続いてメリッサもうなずいた。

「頼むから広言するなよ。戦いはもう始まっているんだ」

「漏らすわけないだろ。私としてもオーリンには、戦乙女に勝ってほしいし」

「私は今後も主様の家臣でありたいので、余計なことはしゃべりませんよ」

「よろしい、ありがとう。まずは兵集めをなんとか頼む。俺だけではなかなか、人望がなくてな」

 彼は頭をかいたが、すぐその頭を下げた。


 約束の日時、オーリン、エレノア両名とも、きっちり三百人と訓練用兵装をそろえてきた。

 なお、オーリン側には下士官役としてメリッサとコーネリアがいる。エレノア側にも何人か、彼女の友人と思しき将校たちが列している。

 知り合いの参加は特に禁止されなかったし、三百人を総大将が一人でまとまるのはそもそも不可能なので、当たり前といえば当たり前である。

「なんだ『臆病者』オーリン。部隊を編成できるとは驚いたぞ。お前のことだから兵集めすらできないのではないかと心配したんだがな、ハハハ!」

 頭が腐っているのではないか。彼は器用にも無表情で呆れた。

「しかし……偏った編成だな。真面目にやっているのか?」

「もちろんです。エレノア嬢こそ、この編成を『偏った』と表現するとは驚きです」

「あぁ?」

「とことんオツムが弱いようですね。この配分が何を意味しているかすらお分かりでないとは。頭まで雑な性分と見えました。これでよく戦乙女などと名乗れるものです」

 ここぞと煽り倒すオーリン。戦いは火蓋が切られる前から始まっているのだ。

 ……色々な意味で。

「よく言ったものだな。これでお前が負けたら、全裸で三回回って犬の鳴き真似をし、私の靴を全力で舐めてもらうぞ」

 やはりとんでもない変態なのではないか、と疑うオーリン。

「まず配置に付きましょう。言い争っていても仕方がない」

 先に煽り倒したのはオーリンなのだが、彼は全く悪びれずに進めた。

「ふん。吠え面かくなよ!」

 川を挟んで、両軍が戦列を整え始める。


 そして、晴天の中。

「演習、始め!」

 号砲のもとに、模擬戦が始まった。

「歩兵隊、騎兵隊、進め!」

 エレノアの号令で、軽装の機動部隊がひたすら突き進む。

 歩兵隊は何やら特殊な防具を装備している。

 オーリンにはすぐそれがなんなのか分かった。

 南方諸国の丈夫なツタを、「ミレーベル油浸透法」という特別な加工法で、防具の形に仕上げたものだ。

 この防具、軽くて水に浮く特性を有し、河川や水場をある程度渡りやすくするという代物。

 その代わり、油を浸透させているので、火計に弱い。

 ならば火計をすればいいのだが、これはあくまで模擬戦である。自国の兵士を焼き殺す真似などしたら、上層部からの懲罰は必至。

 つまり今回は火炎という弱点を突けない。そこまで考えてこれを選んだのだとしたら、エレノアはただの突撃馬鹿ではないということになる。

 しかも。

「ハハハ、オーリン、残念だったな。このミレーベル兵装は矢を通さない!」

 オーリン軍の偏った編成、それは弩弓を中心とした配分である。

 そしてミレーベル兵装の装甲部分は、その製法のため矢に非常に強い。どころか、もし銃を用いたとしても、容易には貫通できない。

 火計は実行できない。訓練用の矢は装甲に効きにくい。万事休すか。

「予定通り、弩弓隊は前に出よ! 構え!」

 オーリンは渡河を目指さず、装甲に効きにくい矢をそれでも撃とうとする。

「やけになったか、オーリン、おとなしく私の前に屈しろ、たっぷり恥を与えてやる!」

 エレノアは勝利を確信したようで、先程からひたすら勝ち誇っている。

 そして、あらかた川にエレノア軍が入った頃。

「『頭部と腕部に』浴びせてやれ、放て!」

 弩から矢が一斉に放たれ、長弓隊は曲射で上から矢の雨を降らせる。

「だから矢は……なにっ?」

 ミレーベル兵装は、丈夫なツタを加工する都合上、兜と腕防具を作りづらい。また今回においては、特に兜は水泳の邪魔になる。

 つまり頭と腕は、その強力な装甲に覆われていない。弱点はここにあったのだ。

「う、うわあぁ!」

「ぐへっ!」

 兵士たちは、主に頭部に大量の攻撃を受ける。一人、また一人と、訓練用の矢に意識を刈り取られる。

 歩兵隊だけでない。騎兵隊も渡河中のこの攻勢になすすべもなく、徐々に継戦不能に近づいてゆく。

 勝敗はもはや決した。エレノア軍は壊滅に向かっており、それを止める巻き返しの策がない。

「くっ、進め進め! 矢をしのいで乱戦に持ち込めば、弓隊なんて蹴散らせる!」

 しかし進めるはずもなかった。

「勝負あった! オーリンの勝利!」

 立会人の合図のもとに、小さな戦争は終結した。

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