第8話・ジャスリーの道

 とどめは策略ではなく剣術になってしまった。ザイラスが取り巻きたちの力とコネクションを借りて脱走することは、計算の範囲内だったとはいえ……。

「『臆病者』から一歩遠のくな」

 何気なくオーリンがつぶやくと、メリッサが拾う。

「主様、しかし合戦にはなりませんでしたし、死亡者もたった一人、火事ですら余計な人間は死んでいません。これで充分よろしいのでは」

 要するに、大量の死体を生むことにはならなかったということ。

「むむ、しかし……まあ、いいか」

「然り。これでよいのですよ」

 彼女はふわりと微笑む。

 彼女の言葉通り、これでひとまず満足することにした。


 翌日、訃報を聞き、大いに衝撃を受けた者がいた。

 灯火国の子爵、ジャスリー。輝くような金髪が特徴の女性である。潜入任務からは諸般の事情により、帰ってきていた。

「なんてこと……ザイラス殿が暗殺されたと」

 彼女とザイラスは、年の離れた「はとこ」であり、親族同士であった。大昔は灯火国と暁光王国の間に敵対関係はなかったのだ。

「昔はよく世話になったものだけど、敵の手にかかったとは」

 彼女の整った顔に陰が生じる。

「ありがとう。楽にしていいわ」

 間者に呼びかけ、彼女自身も椅子に座る。

 確かにザイラスは、親族たるジャスリーから見ても、大変問題のある男だった。いま死刑判決が出なくても、いずれ誰かが手を下しただろう。

 しかし。

「報告を聞く限り、むごい死に方ね」

「左様……」

 一連の火事周辺の事は、詳細こそ不明だが国外の何者かによる謀略の疑いがある。そして遺体の損傷をみるに、刺客はザイラスを存分にいたぶって殺したようだ。

 むごい。こんな非道なやり方を採らなくていいのに。

 彼女は思う。

 卑劣な謀略を使ったり、わざわざ嗜虐的にいたぶって殺したり、実に非人道的である。道徳を外れた、暗黒、悪鬼のやり口。

 それこそ、合戦で白黒つけたほうがましなほどに。

 もちろん、彼女とて合戦の流血がいかにむごいかは、知っているし弁えている。戦の中で兵法も使うだろうし、結局は戦も騙し合いである。そんなことは百も承知の上。

 それでもジャスリーは、合戦における軍略のほうが、今回のような悪辣な謀計よりは遥かに上等だと考える。

 合戦ならみな、死の覚悟は決まっている。

 兵略を使うのは、それがそういう場所だからだ。

 しかし謀殺は、「そういう場所」でないものを、ある日突然に死地へと転じさせる。それは公正ではないし理不尽である、と彼女は思う。

 それは綺麗事かもしれない。

 しかし、綺麗事を実現させることが人類の使命であり、文明の発展というものだろう。歴史はそうやって進んできたはずだ。

 と考えたところで。

「まあ、いま言っても仕方がない、そうよね」

「まあ、仰せのとおりですな」

「……ただ、この件については、引き続き詳しく調べて頂戴。個人的にもっと追究したい」

 下手人の候補はいくつか浮かぶが、最有力は暁光王国のオーリン。

 こんな陰湿な手段を用いるのは、近隣では彼ぐらいのものだろう。

 さすがにこの時点で、彼女は「臆病者」の名前を突き止めていた。

 通称「臆病者」オーリン。

 臆病? 違う。彼は事績、もとい功罪をみる限り、人面獣心、敵対する限り人を人とも思わない悪魔の気質。

 場合によっては、倒すべき敵。打ち払うべき魔の者。

「いずれ必ず……」

 彼女のつぶやきは、空気に混じって消えた。


 オーリンは仕事を終えて帰宅した。

「ただいま戻りました」

 老いた執事が出迎える。

「お帰りなさいませ、御曹司様。お父君は公務のため外出されています」

「そうですか。それは少し残念です」

「そして……その……」

 執事は申し訳無さそうな顔をしている。

「うん?」

「せっかくお帰りのところ恐れ入りますが、その、第一王女殿下がお呼びです」

「殿下が? いったいどのような」

 第一王女に呼び出されることは、これが初めてではない。しかし、暇も与えぬほどの呼び出し方は、彼の経験した限り多くはなかったはずである。

「それが、あまり他言できないものだったようで」

「なるほど」

 オーリンは第一王女から、よく秘密の相談をされるが、それは「オーリンに」であって使用人にではない。

「ちなみに、メリッサの同行は?」

「お一人で、とのことでした」

「なるほど。……だそうだメリッサ。申し訳ない」

「いいえ。殿下と主様はお互いに大変信頼されているようで、『第一王女殿下が』羨ましいです」

「はいはい。軽口が叩けるならよろしい。馬車を出してください」

「かしこまりました」

 言うと、彼は外套を着直した。


 第一王女の私室。この場に入ることを許されているのは、ごくわずかな人間のみだ。

 もっとも、オーリンでさえも、さすがに国王の私室には立ち入りを許されていない。というより、国王とはそこまで親しくはない。

「ペデール男爵嫡子オーリン、参上しました」

「よろしい、入ってよい」

 彼はその場所に入った。

「失礼いたします」

「やあ。さすがだねオーリン。今回も……いや、今回は特に、首尾上々か」

 麗しの第一王女自らによるねぎらいの言葉。世間的にはこの上ない光栄である。

「然り。相手が相手ですゆえ、必ず本懐を遂げなくてはなりませんでした」

「そうか」

 言うと、彼女は果実水を一口飲み、そのグラスをオーリンへ向けた。

「まあこれでも飲むといいよ」

 飲みかけ。

「あの……わざとでございましょうか」

「そうだよ」

「あまりに恐れ多い恩賞であり、その、私ごときにはとても引き受けられません」

「へえ、これがそんなに『恐れ多い恩賞』なのか。オーリンは少しばかり変態の気があるようだ。……ハハ、冗談だ。そこまで拒否しなくてもいいような気もするけどね」

 彼女はけらけら笑った。

「それで、本題に入りましょうか」

「ああ。実はね……」

 彼女はそう言うと、なにかの図面を取り出した。

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