第7話・煽り合い

 しかし、ザイラスを待っていたのはさらなる災難だった。

「ザイラス様、大変です!」

 取り巻きの一人に一時的に泊めてもらっていた彼は、呼び声に振り返る。

「なんだ、大きな声を出して」

 取り巻きの一人が絶望を顔に浮かべる。

「こたびの火事、ザイラス様の狂言の扱いになっています!」

「……なんだと?」

 彼の手から、たまたま持っていた荷物がこぼれ落ちる。

「どういうことだ……そんなわけないだろうが!」

「もちろん、そうでないことは承知しております」

「お前が承知したところでなんだ!」

 例によって、とりあえず取り巻きを打擲する。

「がはっ!」

「どうなっていやがる、裏切り者でもいるのか!」

 問われたところで、これ以上の情報を注進の取り巻きは持っていないだろう。

 と、今度は別の子分がやってきた。

「申し上げます!」

「ああもう、今度はなんだ!」

「ザイラス殿が……貴殿が糾問告訴される模様です!」

 今度こそ、本当に彼の血の気が失せた。

「どうなって……いやがる……?」

 糾問告訴。地球世界の言葉で言えば、刑事事件の公訴提起である。

「いったいなんの罪状で?」

「ポジード伯爵に放火の罪を着せようとした偽計内紛の罪と、新しい屋敷をだまし得ようとした詐欺的上奏の罪の、それぞれ未遂犯です!」

「……どういうことだ、ふざけるなよ……!」

 そこでザイラスは気がついた。

「ポジード、そうか、ポジードの策謀だ、やつが仕組んだのだ! 畜生め!」

 彼は顔を真っ赤にして、ずかずかとポジード邸へ向かう。


 向かったのが運の尽きだった。

「ザイラス卿、我々と一緒に来ていただけますか」

 武装した警察兵が大勢、待ち構えていた。

「おい、これはどういうことだね!」

「問わずとも、卿はすでにお分かりのはず。御身の胸に手を当ててみてはいかがでしょう」

 剣に手をかけつつ、警察兵が鋭い目でにらむ。

 完全に犯罪者に対する態度だった。

「……いけるか?」

 己に問うように、つぶやく犯罪者。

 しかし、ザイラスにわずかな荒事の心得があるとはいえ、この警察兵の集団に勝てるものでないことは、誰が見ても明らかだった。

「チッ、分かった、降参だ、戦いは吟味の間で行おう。わしとしても、この濡れ衣ははなはだ業腹だからな!」

 この窮地においても、まだ取調べで抵抗しようとする意思は、不屈の気概か、はたまた諦めの悪い保身根性か。

 ともかく、彼は舌戦を交える覚悟を決めたように見えた。


 しかし、その覚悟は無駄だった。

 根回しされた糺問官たちは、ザイラスの反証に聞く耳を持とうとしない。

「しかしザイラス殿、まごうことなき物証が挙がっているのだが」

「ですからそれは、何者かの卑怯な計略だと申しておりましょう!」

「とはいえ、動機もそろっておるのだがなあ」

「いくらわしでも、自分の家を焼くほど思い切りは良くないですぞ!」

 どういうことか。

 ザイラス邸への放火犯は、「ポジードの家紋が刺繍された手巾」と、「ザイラスの署名が施された、放火実行のための簡易な契約書」を落としていった。

 ここから「推測」されるのは、ザイラスが狂言で己の手の者を用いて自宅を焼き、ポジードの責任にするという筋書きだ。

 動機はある。

 ザイラスはもっと豪華な邸宅が欲しかった。そこでポジードに偽計で責任をなすりつけ、懲罰を与えつつ、このことを王に上奏し、同情した上層部の決定を経て、望み通りの邸宅を得ようとするというもの。

 完全な奸計だった。ザイラスによる、ではなく、ポジードによる。

 反対者と、ザイラスもまだ知らない外部の策士による。

「判決を言い渡す」

 死刑は必定。

 しかしむざむざ敵の計略にかかって死ぬことはない、と考えたのだろう。彼は唇をきつく結んだ。


 夜道。城下町の外、森の入口で。

 オーリンは仕上げとばかりに、「奴」を待ち伏せた。

「ザイラス殿」

 大罪人を呼ぶ声。

「……チッ、何者だ」

「残念ですね、私を覚えておいででないとは」

 オーリンと、ついでにメリッサが陰から出てくる。

「いや……本当に誰だ?」

 怪訝な表情。オーリンは呆れた。

「かつて貴殿に初陣を散々にされた者ですよ」

 言って、初めてザイラスはうなずいた。

「ああ、『臆病者』のオーリンか。お前が仕組んだことだったんだな。まあいい、戦を嫌う腰抜けに用はない。時間がない、どけ」

 その汚名と、その汚名を背負い続け、戦を回避する動機……の一つ。双方をかつて生み出した愚鈍の将は、ぞんざいに退けようとする。

「どくわけにはいかん。ここでお前の息の根を止める」

 言って、彼は愛用の刀を抜く。

 刀とはいっても、例えば東洋の某国が云々といったものではない。いわゆるサーベルのような洋刀で、それも重量のある肉厚のものである。

「この場で屈辱をそそぐ。あの日の痛みを少しでも昇華するために!」

 メリッサは黙って見ている。こういうときは一騎討ちだということを弁えているのだろう。

 一方、言われたザイラスは。

「貴様のお気持ちなど知ったことではない。邪魔するならずたずたに斬るまでだ。こっちは急いでいるんだからな」

 なんら悪びれることなく剣を構える。

「痛み? 痛かったのなら、初陣でくたばればよかったのだ。痛みのない世界に逝くことができるのだからな!」

「この下衆野郎……!」

「むしろそうしたほうが、名誉の戦死を遂げたお仲間たちと再会できて、よかったのではないかな? そう思わんか? ん?」

 自分の感情を抑え、オーリンは深呼吸する。

「その挑発、まるで貴様が生き残れるような口ぶりだな」

「貴様が勝てると? あの『臆病者』が? 悪い冗談だな、ハハハ!」

「構えはおざなり、目線は相手からブレる、体勢も曲がっていて剣の手入れも劣悪。それを自分で気づかないで『勝てる』とは、よほど仕合に向いていないようだな」

「あ? なんだと?」

「彼我の実力差さえ分からん奴が、勝負に勝つなどと寝言を垂れるなという話だ」

 オーリンはヘラヘラ笑って罵倒する。

「……オーリン、そこまで言うんならお望み通り、なで斬りにしてやろう!」

「だから、貴様の腕ではできないと何度も言っているだろう」

「ぶち殺してやる!」

 ザイラスは猛然と斬りかかった。


 勢いだけに任せた剣撃。無駄な力が入り、それでいて技術も決して抜群ではない。

 遅い。遅すぎる。

 虫が止まるのではないか、とさえオーリンには思える。

 素人を斬るなら充分だろうが、オーリンのような「臆病者」……もとい訓練を積んだ剣士を斬ることはかなわないだろう。

 彼はひょいと避け、肩に一撃を加えた。

「ぐわっ!」

 肩への攻撃。もちろん、やっとのことで非致命部位に当てたのではない。

 少しずついたぶって苦痛を与えるため。あの日の無念を、じわじわと、かつ最も効率的な方法で彼に教えてやるため。

 決してすぐに殺しはしない。もったいなさすぎる。

「くそっ! この青二才が……!」

 彼は遅い剣を余裕でかいくぐり、徐々に傷を与えていく。

 太もも。脇腹。手。腕。足の甲。背中。

「はあ、はあ、くっ……!」

 ザイラスは顔をしかめ、蒼白にし、脂汗が浮かぶ。

「おい、あえてとどめを避けているだろう。舐めるんじゃねえぞ!」

「舐める? そう思っているうちはただの凡愚だな」

「わけのわからんことを、死ね!」

 凡愚は振りかぶった瞬間、そのまま崩れ落ちた。

「がっ、畜生……!」

「傷を受けすぎた……または血を失いすぎたようだな」

 まだ口だけは利けるザイラスは、しかしそれでも手のひらを返しはしなかった。

「命乞いでもさせる気か? 残念だったな、わしは貴様にだけは頭を下げん!」

「は? 貴様が命乞いをしようがしまいが関係ない。空意地でも張っていろ。俺は貴様が死に向かっていく姿を見たいだけだ」

「この……!」

 空意地の男は、いきり立とうとするが、苦痛で言葉を止める。

「かはっ……ふう、はあ」

「そろそろ頃合いか。楽にさせてやる」

 言って、首元に剣を突きつける。

「あの世から……貴様を、呪い続けて……やる……」

「じゃあそれでいい。せいぜい徒労でもしていろ」

 最後の一撃がザイラスをえぐった。

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