第6話・あぶり出し
彼はいったん家に戻ると、父ペデール男爵にあいさつをした。
「父上、とある命によりしばらく家を離れ、任務に従事します」
「むむ」
言うと、ペデールはまゆを八の字にする。
「大丈夫かオーリン、また危険な命令を受けたのではなかろうな」
「危険といえば危険でしょう。詳細をお話しすることはできませんが」
「むむ……避けられぬのか?」
聞くと、きっぱりと答える。
「避けられません。仮に拒否できたとしても、私はそれを選びません。自分の意志で拝命したでしょう。こたびのはそのような仕事です」
「そんなことが……そうか。なら止めはしない。存分に頑張ってくれ。ただ……」
「ただ?」
「決して無理はするな。お前にもし何かがあれば、おれはまた世界のむごさを嘆くことになる」
「私としても死ぬ気はありません。ご安心ください」
当たり前のことを口にし、オーリンは準備に入った。
そして、広場で彼の配下――諜報員メリッサと合流した。
「ご機嫌うるわしう、主様」
彼女はふわりと微笑み、優雅にお辞儀をする。
齢のほどはオーリンと同じぐらい。柔らかな物腰と、間者とは思えないほど洗練された所作が特徴的だ。
彼女いわく、その所作は訓練で「やむをえず」身につけたらしい。
しかしオーリンは、間者としての必要性に関係なく、彼女自身が私的にそのようなものにあこがれ、実現させたと踏んでいる。
閑話休題。
「話は聞いているな」
「はい。灯火国のあの人、ですね」
余計なことはしゃべらない。
「そうだ。現地に入ったら、内情を探りつつ策を練る」
「おや、事前に策を用意しておいでではないのですね」
「現場に行かず、状況を探りもせずに考えるのは限界がある」
「おっしゃる通りです。承知いたしました」
メリッサは静かに頭を下げた。
一週間後、二人は灯火国の首都に着いた。
現地で情報収集をし、分かったことは以下のようになる。
ザイラスは現在、ポジード伯爵と政治的対立の状況にある。ろくでもない取り巻きたちとともに甘い汁を吸おうとするザイラスと、それを憂いて国を安んじようとするポジード伯爵。
ザイラスはどこにいてもそのような男であり続けるらしく、その膿を切除しようとする者がいるのもやはり同じであるようだ。
その対立は深く、ザイラスはポジードに賊や無頼を差し向けたり、その屋敷に簡易な爆弾を仕掛けて嫌がらせしたり、他人の借金をゆえなく負わせようとするなど、傍若無人の振る舞いをしている。
屋敷に爆弾を、の件は、ザイラス自身がもっとぜいたくな屋敷に引っ越し、または建て替えをしたいようで、その線でポジードに嫉妬のような感情を持っている、ともされる。
ところが一方のポジードも、やられっ放しではないらしい。ザイラスの件について上層部に根回しをしている気配がある。
もっともきわめて内密に行っているようで、メリッサの諜報網をもってしても、全容は明らかではない。ただ、どうも決め手に欠くようだ。
「なるほど、なるほど」
まとめられた情報を改めて確認し、オーリンはしばし考える。
「道筋のほどは、いかがでしょうか」
メリッサが鈴の鳴るような声で尋ねる。
「おう、まあ、考えているところだ」
言って、茶菓子を一口。
頭脳には甘味が必要、という、彼のこだわりの一つである。
もっともこのこだわり、巷では賢しらぶった輩の間で盛んに流行っており、彼は苦々しく思っている。
まるで自分も同類ではないか、という、いささか過剰な自意識。
ともかく、彼はじっと資料を見る。
「うん、まずは時間をくれ。必要になったら呼ぶから」
「必要なときだけ女性をお呼びになるとは、いけないお方ですね。ふふ」
メリッサが冗談めかして笑う。
「はいはい。いいから待ってろ」
「承知しました。では」
彼は、思考の海へと入った。
その数日後。
夜の帳が下りたころ、ポジード伯爵は工作員たちに訓示をしていた。
「よいか、ものども。この一計は灯火国の未来を切り拓くためのものだ。決して失敗は許されない」
誰も、身じろぎ一つしない。それはこの謀略の重要性を知っているからか、それとも単にそのように訓練されているだけか。
「わしはこの策の性質からして、陣頭指揮を執るわけにはいかない。しかし、わしは断じて己の手を汚したくないわけではない。……もし、もしお主らに何かがあっても、わしが政治的に守る。必ず守り通す。だからお主らは、この策の成就に全力を注いでくれ。それだけがわしの願いだ」
しんとした、伯爵邸の広場に声が通る。
「もう一度言う。わしは必ずお主らを政治的に守り通す。頼んだぞ、ものどもよ!」
工作員たちは「おう!」と頼もしく返事をし、行くべき場所に向かった。
数時間後、ザイラスの邸宅にて複数の箇所から火災が目撃される。
見回りの警備兵が発見した。
「これは! 火事だ、火事だぞ!」
火の手は早く、警備兵が家の者と消防隊を呼び終えたころには、かなり火は回っていた。
「どういうことだ、この火事は!」
危うく火に巻かれるところだったザイラスは、わけもわからぬまま警備兵に詰め寄る。
「そ、それがしも分かりません! 放火犯を目撃した者は見当たりませんでした!」
「ふざけるな! 貴様の不行き届きでこうなったのだろう!」
言いがかりだったが、もともとザイラスがこのような人物であることは、誰もが知っていることだった。
「も、申し訳ございません……」
口答えをしても意味がないと悟ったのだろう、警備兵はひたすら謝る。
「謝って済むことか、このクソが!」
警備兵を拳で殴った。
「ぐっ……申し訳ございません」
「謝って済むなら警察軍はいらないのだよ!」
ザイラスは自宅が燃え落ちるのをよそに、ひたすら当たり散らした。
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