第5話・因縁の宿敵

 城へ出仕すると、コーネリアと会った。

「ようオーリン。今日はお前向きの主命について会議するらしいぞ」

「俺向き? どういうことだ」

「なんでも、敵国の武将に謀略を仕掛けるとかなんとか」

「ほう……」

 と興味を見せてはみたものの、実際のところ、彼は「興味がある」以上の意欲を持っているわけではなかった。

 彼は戦が嫌いで謀略を用いる。

 しかし、かといって謀略を仕掛けることに快感を覚えるような人間でもなかった。

 陰湿と思われることはあったはずだが、道義的に倒錯した破綻者ではない。少なくとも彼自身はそう自認している。

 むしろ、剣術ほか武芸で敵を圧倒するときのほうが、まだしも爽快感を覚えるものではある。

 ……やっぱり破綻者か。人斬りの精神性じゃないか。彼は考え直し、自嘲した。

「謀略か。まあ、どちらかといえば俺の特技ではあるな……」

「乗り気じゃねえのか?」

「面倒ではあるだろうな。まあ行こうぜ」

 言うと、二人は歩き出した。


 今度はエレノアと遭遇した。

「いやあ『臆病者』のオーリン。あおりの上手なオーリンだな」

 二人は顔をしかめた。

「ご機嫌うるわしう。では急ぎますので」

「おい」

 彼女は器用に、二人を押し留めた。

「オーリン。いったいどんなイカサマをしたんだ」

「は?」

 問われた彼は、首をかしげる。

「因縁ですか?」

「ふざけるな! どうやって私から何度も、その、一本取ったのだ!」

 ひとえに実力の差です。……とは彼は答えなかった。

「ひとえに命運の波というものでしょう。戦場であろうと試合場であろうと、勝負には様々な要素が絡みますゆえ。そうでございましょう、戦乙女殿」

 しらばっくれる臆病者。

「そんなわけがあるか。きっと汚い手で剣をごまかしたに違いない。いかにも臆病者のしそうなことだ。なあオーリン?」

「そんなわけがありますか。剣をごまかすとはどういうことです、それっぽい言葉を並べればいいというものではありませんよ」

 呆れてため息をつく彼。

「ふん、いずれ実力の差を思い知らせて、みっちり真の戦いというものを教えてやるからな。楽しみに待っていろ」

「はあ、そうですか。急ぎますので、では」

 今度はコーネリアを引き連れてすり抜けられた。


 会議では、果たして謀略の話が出た。

「我々としては、灯火国のザイラスの謀殺を考えている」

 ザイラス。その人名に、かすかにオーリンが反応した。

 なぜなら、そのザイラスこそが、オーリンの初陣を悲惨なものにした張本人だからだ。

「ザイラス……」


 どういうことか。一言で述べると、彼が「無能な将軍たち」の派閥の主だったということだ。

 どのような社会でも、派閥というものは形成される。ザイラスは、その中でも特にたちの悪い集団の筆頭格だった。

 彼と、彼の率いる派閥によって何かを台無しにされた人間は、オーリンだけではない。

 あるときは集団の力でねじ伏せ、あるときは人脈を動員して「敵」の処罰を求める。彼らの粗末な謀略はとどまるところを知らず、専横を極めた。

 後に事情を知った第一王女によって追い詰められるが、ザイラスと一部の取り巻きは、すんでのところで逃走し、灯火国に助けを求めた。

 灯火国のほうも、首脳陣はザイラスの所業を知っていたようだが、それでも彼を保護し、国王に仕えさせた。

 一説にはザイラスたちの持つ、軍事上の機密情報のためといわれる。

 ともあれ、彼はオーリンにとって、まさしく因縁の相手だった。


 説明役の重臣によれば、ザイラスは逐電前……この暁光王国にいた頃の人脈を使って、計略を仕掛けようとたくらんでいるらしい。

 そこで、そうする前に彼を謀殺して、そのたくらみを頓挫させようということらしい。

 彼の人脈は、彼という個人に依存するため、本人を死に至らしめれば、取り巻きが残っていたとしても計略も阻止できるだろうという見積もりのようだ。

 割と単純な話だった。

 オーリンからすれば、これは積年の恨みを晴らす絶好の機会。

 復讐をしたところで、死んだ仲間たちは帰ってはこない、喜びはしない、と賢しらぶった人は言うだろう。

 しかし彼は、死んだ仲間たちを蘇らせたり、喜ばせるために復讐をしたいのではない。そもそも、他人のためにする雪辱ではない。

 彼は彼自身のために、己の恨みを晴らすために、ザイラスを謀殺したい。

 それで間違いなく彼の気分は良くなるだろうし、成功すれば勲功となって出世に一つ近づき、彼の寒い財布事情も少しは好転に向かう。

 なにより世間に面目が立つ。

 臆病者のそしりは、彼自身が配下の間者を使って、自分の都合のため己の意思で維持しているものだ。

 だからそれを払拭する気はない。しかしそれはそれとして、計略によって世間に名を馳せるのは悪くはないだろう。

 そこで彼は言った。

「そのお役目、ぜひ私めにご下命ください」

 一同は驚いた……ように見えたが、よく見ると一部の上層部や第一王女は全く驚いていなかった。

 驚いていない面々は、おそらくオーリンがどれだけザイラスに外道な仕打ちを受けたか理解している人間だろう。少なくとも第一王女はそうだ。

「やってくれるか、オーリン」

 第一王女が尋ねると、彼は答える。

「はい。ぜひお命じください」

「なるほど。陛下、私からもオーリンへ任せてくださるようお願いいたします」

 言うと、反対する理由もないのだろう、国王はオーリンへ向き直った。

「分かった。オーリン、お主にザイラスの謀殺を命じる」

「謹んでお受けいたします」

 臆病者は、その汚名の原因となった腐敗者を、必ずや謀殺せんことを決意した。

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