第4話・それぞれの思い

 ひるがえって、コーネリアは、この件に関しては全くもって蚊帳の外だった。

 彼女がこの試合を知ったのは、それが終わってからである。

「おいオーリン」

 彼女はペデール男爵邸の客間で、オーリンに絡んだ。

「なんだ」

「お前、エレノア嬢を剣術で散々に打ち負かしたんだって?」

 問うと、彼はあっさり白状する。

「そうだ」

「そうだじゃねえよ……。あたしはあんたが強いのを知っているけど、相手もあのエレノアだぞ、あまりむやみに強いやつに喧嘩を売るなよ……」

「俺は勝算がある戦いしかしないけどな」

「それでも、戦いってのはどう転ぶかわかんねえじゃん。それはオーリンのほうがよく知っているんじゃねえのか」

「まあ、そうだな」

 試合が正常に進行する限り、オーリンはまずエレノアには勝てる。そのぐらいの力量の優越はある、とコーネリアは見ている。

 しかし、エレノアとて決して軟弱剣士ではない。オーリンには及ばないまでも、むしろ世間的には猛将、腕前もかなりのものだ。

「ただ、これも俺が一番良く分かっていることなんだが、世の中には、避けられない戦いってのがあるんだ」

 コーネリアの理解が正しければ、オーリンの理想は、ただ合戦がないことではない。「合戦を行わずに勝利をつかみ取る」、それにこそ彼の志がある。

 勝利無き平和など認めない。それはただ、それこそ「臆病風に吹かれて」負け犬になっているだけだ。

 ならば、戦って勝利をつかみ取ることを選んだとしても、オーリンの理念はいささかも矛盾をきたすことがない。

 それは彼女も分かっている。

 しかし、それでも彼女は言いたいのだ。

「はいはい、分かったよ。でも無茶だけはすんな。あたしが悲しくなる」

 ついでに、そもそも蚊帳の外だったということについても。

「すまないな。とりあえずコーネリアにも話は持っていくようにする。寂しかったんだろう?」

「う、く、全然寂しくなんかない!」

「そうか。まあいい」

 適当にあしらわれた気がしたが、コーネリアは満更でもなかった。


 一方、ジャスリー。

「エレノアが『臆病者』に剣術で負けたってよ」

「へえ! そんな番狂わせもあるんだな」

「どうもエレノア嬢の調子が悪かったみたいだな。まぐれだ」

 また「臆病者」ね。彼女は腕組みをした。

 その金髪がさらりとかすかに揺れる。

 その臆病者は、どうやら剣術がかなり達者と見て間違いない。

 おまけに、どういうわけか、自分は弱い人間であると、常時、絶え間なく噂を撒き続けているようだ。

 この国の人間には、彼の本名を知っている者もいるのだろう。しかし運の悪いことに、あるいは撒き続けられる噂に押し流されてか、彼女はまだ本名を発見できていなかった。

 ともかく、わざわざ噂を撒くのはなんのために?

 きっと、円滑に暗闘を行うためだろう。

 そもそも不審すぎるのだ。「臆病者」とそしられる人間がバルバスの遺臣を全滅させ、果てには誉れ高き女武者を武芸で圧倒する。

 必ず何かある。単に武に長けるだけではなく、それ以上の恐ろしい何か……狡猾さ、奸智、策謀、そしてそれらを実行する、途方もなく怪物じみた心性のようなものが。

 彼女は彼の正体に肉薄していた。


 オーリン。彼はある日、夢を見た。

 昔の夢だった。

「スルード男爵、討死されました!」

「第七隊、壊滅!」

「遊撃軍が押されています!」

 よりにもよって初陣が、目を覆いたくなるような惨状だった。

 彼は本営付の幕僚として参陣していた。彼なりに考え、意見を述べた。

 だが。

「オーリン殿、貴殿はまだ若い。本当の戦場というものを知らない」

「そうだオーリン。しょせんは机上の空論、青二才は引っ込んでいたまえ」

 経験豊富な将軍たちとやらに一蹴された。

 彼からみれば、将軍たちの立てる見通しや作戦のほうこそが、児戯、粗末、馬鹿のたわ言に感じられた。

 兵站の軽視。戦力の逐次投入。非現実的なうわべだけの「奇策」。どれをとっても敗北しか導かない用兵だった。

 それでも彼は、発言力の不足から、これらを退けることができなかった。

 そして結果がこれだ。

「本営陥落まで時間の問題です!」

「くっ、やむをえん、殿軍を残して退却だ!」

「殿軍は……オーリン、貴殿が指揮したまえ!」

 将軍たちは、後に臆病者とそしられる武将に殿軍を押し付けた。

「……謹んで拝命します」

 ――どんなに献策をしても、無能どもに踏みにじられる。そのくせ敗戦の尻拭いはさせられる。

 ――これが戦というものなのか。こんな理不尽が通るのが戦いなのか。

 彼は顔を伏せた。目頭が熱くなった。


 眠りから覚めた。柔らかな陽光が部屋に差し込んでいる。

「夢か……」

 あのあと、オーリンは兵学の全てを尽くして遅滞戦術を行い、みごと本隊の離脱を成功させた。

 殿軍のほうも、奇跡的に最小限の損害で、敵に攻撃続行を断念させた。

 大変な武功である。

 が、カスのような将軍たちに敗戦の責任を押し付けられ、殿軍の成功はかき消え、臆病者の汚名を受ける一因となった。

 もっとも、オーリンもただでは起き上がらず、臆病者のそしりを利用し、自分を小さく見せる工作を始めたわけだが。

 ――しかし悪い夢だ。虫酸が走る。

 彼は目頭をもむと、気分を少しでも一新するため、洗面台へ向かった。

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