第2話・猫かぶりの仲間

 翌朝。オーリンは第一王女への報告の後、しばしの休暇をもらった。

 一人で十数人と戦うというのは、普通の人間なら大変な緊張と疲労を感じるものだ。さすがにそのような大立ち回りをした者に、通常通りの勤務を強いることはできない。

 少なくとも第一王女や国王はそう思っているらしい。

 もっとも、彼はその辺の「タガ」が外れている。普通の人間と同じ軸で考えることができない。

 ……できないのだが、しかし、くれるというのならありがたく休暇を拝受するほかない。

 オーリンは常軌を逸してはいるが、決して仕事に全てを懸ける人間ではない。

 彼が廊下を歩いていると、向こうから女性貴族の集団がやってきた。

「おや、オーリン殿ではありませんこと?」

 そう言ったのは、オーリンと古くから付き合いがある、子爵家のコーネリア。

「おお、コーネリア嬢、お久しぶりです」

 しかし取り巻きたちは。

「コーネリア様、オーリンのような『臆病者』とそんなにお話しになっては……」

「そうですわ。臆病風がうつってしまいます」

 散々な言いようだった。

 戦いを避け、計略によって壁を打ち破る。オーリンはそのような自分の方針を恥じたことはない。

 しかし、軍人でもある通常の貴族から見れば、臆病者に映ることもあろう。

 自分が何を矜持としているか、と、世間が何を面目とするかは、分けて考えなければならない。

 そのような中、コーネリアは落ち着いた声で言った。

「そうですわね。オーリン殿には勇敢とはどういうことか、教えて差し上げなければなりません。一対一でお話がいたしとうございます。皆は先に行っていてくださいますか?」

 ほかのお嬢様方はあっさり納得し、「臆病のオーリン殿、せいぜい襟を正しなさいな」などと吐き捨てていった。


 彼女は彼を「こちらですわ」と引っ張って小部屋に入った。

 そして。

「うぅーオーリン、心配だったぞホント、お前は本当に無茶ばっかしやがって……ヒッグ……」

 貴族の振る舞いをかなぐり捨て、彼に抱きついた。

「おいコーネリア。誰かが見ていたらどうする。誤解されるぞ」

「そんなの関係ねえ。お前はもうちょっと『臆病』になれよ、第一王女の使い走りの謀略ばっかだと、いつか殺されるぞ」

 彼女は涙に濡れた瞳で彼を見る。

「といってもな。俺は必要なことしかしていない。不要な策略をむやみに振り回すほど、俺は破綻していないぞ」

「そういう問題じゃねえだろ……ったくもう」

 実際、オーリンとて彼女が心配してくれているのは分かる。

 だが、彼自身の言葉でいうと、彼は必要やむをえず人を謀っているだけである。その思考には常人ならざるものがあるだろうが、彼は嗜虐や快楽のために策謀を振るっているわけではない。

 その点は、彼が策謀の道を決意してから今に至るまで、ただの一度も外れたことがない。

 とはいえ、彼女の心配ももっともではある。

「あたしみたいな女の子がここまでしてんのに、オーリンはやめないのな」

 自分と二人きりのときの言葉遣いは、とても女の子とは思えない……彼はその言葉を呑み込んだ。

 その変貌は、彼への信頼の証でもあるからだ。もし彼が取るに足らない人間なら、むしろ彼女は貴族としての言葉遣いを貫いていただろう。

 しかし彼は、己の生きる道を曲げるわけにはいかない。

「心配はありがとう。まあ、俺も死なないように善処はするさ。わざわざ泣くなんて、お前も可愛いところがあるのな」

「ばっ……うぐぐ……」

 彼女の顔が真っ赤になる。

「信念を曲げるわけにはいかない。しかし死ぬのも嫌だ。俺に死んでほしくないのは、お前だけでなく俺自身もだ。それは分かってくれ。さあ、仲間の元へ戻れ。あいつらも心配しているんじゃねえかな」

 彼はそう言って、頭をかいた。


 何年前のことだろうか。

 同じ場所で、一人の女の子が泣いていた。

「うっぐ……ひぐ……」

 彼女はなぜ泣いているのか。

 一言で言うなら、親戚が戦死したからだ。

 ただしこれだけでは本質には足りない。きれいな姿で戦死したなら、彼女は涙を堪えることができたのではないか。

 その親戚の死に方は壮絶だった。たまたま異常に頑健な人物だったので、それが災いした。

 首はもちろん切り離され、心臓を突かれて血にまみれ、手足を斬られた。

 手柄を競う兵たちに耳と鼻をそがれ、乱暴なやり方で武具を奪われたため不要な損傷を受けた。

 その遺体は、彼女にとってあまりに衝撃的すぎたのだろう。

「コーネリア」

 オーリンは話しかける。泣いている女性に声をかけるべきか迷ったが、とりあえず孤独にしておくのもためらわれた。

「お、オーリン、これはその」

「いや、言わなくていい」

 彼は制した。

 彼にとって死は死、静かに天寿を全うしようと、むごたらしい死を遂げようと、その経緯に関心は無い。

 しかし、他人はそうではないこと、そして目の前のコーネリアは死に方に衝撃を受けていることぐらいは理解できた。

「オーリン……どうして戦は、むごたらしいんだろうな」

 全くだ。人は死ぬし、周りには悲しみを振りまくし、物は費消する。戦うことの短所を、人はもっと認識したほうがいい。

 などと思ったが、そういう話ではないこともまた理解できた。

「あたしは戦うことが嫌だ。『臆病風』に吹かれたんじゃなくて、大切な人たちが死ぬのが、すごく嫌だ」

 そういう意見もあるだろう、と彼は思った。静かにうなずく。

「オーリン、お前は死なないでくれ。戦が起きても生き延びてくれ」

「むむ、それは難しいな」

「そう言わないでくれ。あたしは、あたしは」

 むしろ、戦が起きないような方策を考えたほうが……戦う前に国難を解決する姿勢でいたほうが、「生き延びる」確率を上げるのではないか。

 彼は腕組みして考えた。

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