第9話 異世界5 / BAD END
デックも以前は自分の能力に誇りを持っていました。
7歳ぐらいで魔法使いとして戦う力を持ち、村の外に初めて出た頃はそれはもう夢中でグリーン・スライムを飽きることなく狩り続け、長い地道なレベル上げの末にレベル99に到達しました。
そして自分でレベルをリセットしてはまた1からレベル上げに励みました。
しかしあるとき、ふと気づいてしまったのです。
自分がどれだけレベルを上げても、レベル99で止まってしまう事に。そこから先が無いことに。
妹のコニーは戦えば戦うほど強くなります。強くなりすぎて人間の域を超えてしまっています。
レベルが上がりすぎたコニーが自分の力を制御できなくなった時、初めてデックは自分以外のレベルを下げることもできると気づきました。
それから先はもう、上がりすぎたコニーのレベルを下げるためにしか能力を使っていません。
自分のレベルが99になっても、経験値を得られない無味乾燥な戦いを延々と繰り返すことに甘んじてしまいました。
それから10年。
彼にとってはもう、自分の能力は妹のためだけに備わった物として認識がすり替わってしまったのです。
一方のコニーは、レベルが上がりすぎるとまともな日常生活も送れなくなってしまうという事に思い至らなかった転生当時の自分の浅はかさを悔いています。
今やコニーにとっては、デックの『レベルを下げる能力』は自分にとって無くてはならない物です。
コニーがデックの能力を必要としているという事実。
それはいつしかコニーにとってデックという存在自体が自分には必要なのだと思うようになっていました。
転生の記憶を保ちながらデックを必要とし続けるコニーと、転生の記憶を自ら封印してコニーの為にだけ能力を使い続けるデック。
二人の心の間には今、小さなひずみが出来てしまっていました。
***
二人はこのまま、ちょっとした病気があるだけの平凡な村人として過ごし一生を終えることもできるでしょう。
しかし今この世界は魔王による支配の危機に瀕し、さらなる勇者の登場を求めているのです。
彼らを大きな運命の歯車へと導く、小さな小さな歯車が回り始めています。
デックとコニーが身を置くビギンズ村に、一人の少女が訪れようとしていました。
……私は、
……私は、
*[警告]
*[運命の女神による世界干渉を検知]
*[BADENDルートに移行します]
……私は、この世界を見守る女神さまとしてなすべきことをしました。
デックとコニーのふたりには、いつまでも平和に、幸せになってほしかったのです。
だから、
ふたりを冒険の旅に導く女勇者を、殺しました。
せめて苦しみの少ないように、痛みに気付く時間も与えぬように、一瞬で、街道を歩く彼女を周囲3メートルの空間ごと叩き潰しました。
何も辛いことはなかったはずです。
女神である私の都合で彼女を殺してしまったのですから、デックとコニーのふたりのように異世界に転生してしまうかもしれません。
どこか私の知らない世界で小さな女勇者さんが幸せになってくれることを心から願っています。
これで、デックとコニーはこの世界で最期まで幸せに暮らせることでしょう。
それでも。あぁ。
運命は、なんて残酷なのでしょうか。
私のいる転生者のための部屋に、ひとりの男性が訪れました。
デックとコニーの転生前の姿、才共くんと依子ちゃんの父親である高梨慎太郎さんです。
慎太郎さんはしばらく何も食べていないかのようにやつれてくすんだ顔色をしていました。
最後に会った時より老けていましたが、私が愛した人の面影が確かにありました。
「ここは……? 私は確か、トラックに轢かれて……」
呆然と立ち尽くす慎太郎さんに女神さまである私は優しく語り掛けます。
「はじめまして、高梨慎太郎さん。突然のことに驚いているでしょう。まずは座ってゆっくりと心を落ち着けてください」
私は彼の足元に木製のスツールを出現させ、紅茶を乗せたテーブルを添えました。
彼は私の姿を認識するとスツールを押しのけるように駆け寄ってきます。
「時子……? 時子、会いたかった。すまなかった」
「落ち着いてください、高梨慎太郎さん。私は運命をつかさどる女神。貴方が生前愛した人の姿を借りているだけなのです」
「運命の女神……? あぁ、そんな。やっぱりもう会えないのか」
慎太郎さんは膝から崩れ落ちて嗚咽し始めてしまいます。
私は優しく彼に寄り添いながら震える背中を撫でてあげます。
「つらかったのでしょう。ほら、あなたの悲しみをすべて吐き出してください。私が受け止めますから」
慎太郎さんは涙が枯れるまで泣き続けた後、とつとつと語り始めました。
「もともと体の弱かった妻の時子を失い、守ると誓った二人の子……才共と依子も私の不注意で死なせてしまったんだ」
「まぁ、それはお辛かったでしょう」
「一人残った私にはもう生きる気力も資格もなかった。ただ早く妻に、あの子たちに会いたいと思いながら過ごす日々だった」
「そんな。淋しかったのですね」
「それから十数年。仕事も手につかず、やがてクビになり、気が付いたら赤信号の横断歩道を渡っていた。何かに吸い込まれるように……」
慎太郎さんはつらい気持ちを思い出してまた泣き始めてしまいました。
大丈夫ですよ。
もう心配ありません。
あなたに淋しい思いをさせないためにこうしてこの世界に呼んだのですから。
「慎太郎さん。あなたの二人のお子さんたちは私が管理している世界に転生しています」
「転生?」
「はい。ある片田舎の若い夫婦が男女の双子を死産してしまうことになり、才共くんと依子ちゃんの魂を与えて生きながらえさせました」
「生まれ変わったということか、そうか。ハハハ、良かった。新しい人生ではどうか幸せになってくれ」
「お二人に会いたくないのですか?」
「……会わせる顔がない」
「私の権限でお二人のいる世界にあなたを転生させることもできますよ」
「本当か!? それならやってくれ! たとえ会えなくても、幸せに暮らす二人を一目見れたら……!」
「ただし条件があります。その世界で異世界の魂を受け入れられる器は魂を失った胎児のみ。今のところ、その世界の人間には器の空きがありません」
「そんな……」
「ただ一つ空きがあるのが……その世界の50年前の魔王の胎児だけです」
「魔王だって? そんなゲームみたいな話が……」
「私の管理する世界にとって転生者は異端。その能力に魅かれて数多くの冒険者たちが、転生したあなたの子供たちを危険な冒険に誘い出すでしょう。その冒険者たちを打ち倒すことができるのはその世界での魔王だけなのですよ」
「つまり私が魔王になって冒険者たちをすべて倒せば、才共と依子はその世界で平和に暮らせるという事か」
「その通りです。聞くまでもないかと思いますが、どうしますか?」
「……わかった。やってくれ。もともとあの子たちには恨まれても仕方ない立場だ。魔王でも何でもやってやる!」
「良い覚悟です、慎太郎さん。安心してください。私も見守っていますから」
私が手をかざすと慎太郎さんはうっすらと消えていき、光の粒の塊になります。
私は慎太郎さんの魂を抜き出して50年前の魔王の胎児に埋め込みました。
これで!
これでようやくすべての準備が整った!
愛しい私の箱庭……。
ずっと、永遠に営み続けましょう。
私は世界の監視用の水晶を抱きかかえて頬擦りします。
その水晶の中には、私が愛した夫の慎太郎さんと子供の才共と依子がいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも平和に暮らし続ける姿が映し出されていました。
私を失った世界で生きていた彼らをこの世界に招くことができて本当に良かった!
大丈夫、大丈夫。これからは私がずっと見守っていますから。
愛しています。
~終~
兄妹転生BADEND 雪下淡花 @u3game
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