第5話 異世界1

 剣と魔法の世界、エアルト。


 その中でも魔王の支配域から最も遠い穏やかな国、ファーストーン国のはずれの小さな村、ビギンズ村に新しい産声が上がりました。


 男女の双子の赤ちゃんです。




 男の子の名前はディクリース・ディープ。愛称はデック。


 高梨才共くんの生まれ変わりです。


 女の子の名前はコンスタンス・ディープ。愛称はコニー。


 高梨依子ちゃんの生まれ変わりです。






 デックとコニーは生まれてすぐに互いに見つめ合って手をつなぎました。


 それを見た周りの大人たちは大いに祝福したのでした。




「見て、あなた。とっても仲の良い兄妹よ」


 引退した元魔法使いの母親、サリーは二人の赤ん坊を両手に抱えてとても幸せそうです。


「お母さんのおなかの中でずっと一緒にいたから、離れて淋しいのかもしれないね」


 同じく引退した元戦士の父親、アレックスは嬉し涙を流しながらおどけて言います。




 二人は勇者の仲間として共に旅をしていましたが、やがて二人の恋が実り、サリーがアレックスの子を身籠ったことで第一線を退いたのでした。


 結婚した二人を見送った勇者は残った仲間の僧侶と共に今も魔王軍に立ち向かっているとの事です。








 そんなわけでデックとコニーは生まれた時から大変仲が良く、いつも二人で一緒に両親のお店の手伝いをしながらすくすくと成長しました。


 大人たちが不思議がるのは、二人にまつわるある秘密についてです。


 時おり二人はどこで覚えたのか、それともでたらめに喋っているだけなのか、二人にしか通じない言葉で語り合っていました。


 また、大人たちでも知らないような不思議な知識を披露し、周りの人たちを驚かせました。


 それもそのはず、二人は元々、文明の発達した地球に生まれて過ごしてきたのですから。




 しかしそんな不思議な様子も幼い頃だけの事。


 17歳の誕生日を迎え、男女の体つきがはっきりと分かれた事には、ごく普通の村人として成長していました。


 ふたりは両親が経営する料亭付きの宿屋の店番を任されるほど、この世界にすっかり馴染んでいました。




 さて、それではふたりの様子を見てみましょうか。






 ***






「デック、3番テーブルの料理あがったよー!」


「あいよっ!」




 コニーがカウンター台に料理やビールのジョッキを並べていきます。


 デックは両手にジョッキ、腕に料理皿、ついでに頭の上にパンのかごを乗せて器用に客席に運んでいきます。




「お待たせいたしましたっ。ファーストーン・ビールと深淵亭特製のサラマンドラ固焼きパン、エルフィンもも肉の香草包み焼きでーす」


「おっ、来た来たァ。デックも一緒に飲んで行けよォ」


「ははは。コニーに怒られちゃうんで勘弁してください」


「何でェ、相変わらず尻に敷かれてんなァ。まるで熟年夫婦じゃねェか」


「ちょいとアンタ、デックくん困ってるじゃないのサ」


「あはは……失礼しまっす」




 3番テーブルの中年冒険者がデックのエプロンを引っ張り、その妻にたしなめられます。


 冒険宿の店員と冒険者がすっかり顔なじみになっているという、小さな村ではよくある光景です。


 コニーとデックの両親が元冒険者だった頃、こういった料亭と宿屋が一体化した冒険宿は珍しく、旅をするには大変苦労をしたそうです。


 勇者の仲間だった戦士と魔法使いがオーナーだということもあり、受注しているクエストもないのにゲン担ぎに遠方からやってくる客も少しはいました。


 ですが主に客となるのは村に居付いた熟年冒険者や、コニーの料理目当てにくる村人たちばかりです。




 世界の果てでは今も勇者と魔王軍の戦いが続いているといいますが、このビギンズ村は平和そのものでした。


 十数年前はこの辺りにもモンスターがはびこっていたのですが、元勇者の仲間だったコニーとデックの両親が地道に討伐していったおかげで地域の平和も守られています。


 ただ、コニーとデックの両親はもう10年前にはモンスター狩りをやめてしまったとも言われています。


 はて。


 いったい誰がビギンズ村の周りのモンスターを狩っているのでしょうか?


 それは、今のところは謎という事にしておきましょう。








「ありがとうございましたー」


「またのご来店、お待ちしてまーす」




 店の出入り口でコニーとデックに見送られて、深酒でベロベロに酔っ払った中年冒険者が妻にもたれかかりながら帰っていきます。




「おーう、コニーちゃん。またなァ。二人で早く結婚しちまいなァ」


「バカだねぇ、アンタ。二人は兄妹なンだよ」


「うぇっへっへっへ……」




 フラフラと左右に大きく揺れながら宵闇の中を中年夫婦が去っていきます。


 コニーはもじもじと顔を赤らめながらうつむき、横目でデックの様子をうかがいます。


 デックは夜風の寒さに両肩を抱いてぶるぶる震えながら小刻みに歩いて店内に帰っていきます。


 特に何も気にしていなさそうなデックの態度に、ため息をついたコニーは地面の小石を軽く蹴ってから店内に戻っていきました。






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