第2話 生前2
依子ちゃんはどんどんレベルを上げながらどんどん先へ進みます。
すぐにレベルは49に上がりました。
久しぶりに聞くレベルアップのファンファーレに、依子ちゃんの顔はすっかり紅潮しています。
大きな、強そうなモンスターを夢中で倒していく依子ちゃん。
お兄ちゃんが帰ってきたことにも、居間に入ってきたことにもすぐに気付けませんでした。
お兄ちゃんの目の前で、お兄ちゃんも見たことが無いモンスターを依子ちゃんが倒してしまいます。
「なに……やってんだよ!」
ばん!
お兄ちゃんは野球のヘルメットを床にたたきつけます。
野球クラブの練習から帰ってきたばかりなのです。
目にはうっすらと涙も浮かんでいます。
「お、お兄ちゃん……あ、あのね、これはね」
依子ちゃんは慌ててコントローラーを放り投げてお兄ちゃんに謝ります。
正座していたせいですぐに立てなくて、座ったまま後ろを向きます。
お兄ちゃんは顔を真っ赤にして唇をかみしめています。
依子ちゃんはお兄ちゃんの顔をまともに見れなくて顔を真っ青にしています。
「もういいよ、もう! ばか、ばーか!」
お兄ちゃんは自分でも抑えがきかないぐらいに大きな声で怒鳴ると、わざと足音を大きく鳴らしながら玄関に向かって走って行ってしまいます。
「待って……あっ!」
依子ちゃんは家から飛び出してしまったお兄ちゃんに驚いて、慌てて追いかけようとします。
でも、足がしびれてしまって上手く立てませんでした。
じんじんと痛む足は力が入らずにぐにゃぐにゃと曲がってしまいます。
依子ちゃんは必死でお兄ちゃんの後を追いかけました。
「お兄ちゃあん、お兄ちゃあん……ごめんなさい。よりこ、あやまるから。行かないで、おにいちゃ……ん」
依子ちゃんは、お兄ちゃんがいなくなってしまうんじゃないかと思って怖くなりました。
依子ちゃんには家族がお兄ちゃんとお父さんしかいません。
きょねん亡くなったお母さんが、お買い物に行って帰ってこなかった時のことを思い出して、依子ちゃんはわんわん泣きます。
「お兄ちゃん。いなくならないで。やくそく、ちゃんと守るから。おにいちゃああん」
涙で前が見えなくても、依子ちゃんはお兄ちゃんを探してトボトボと歩きます。
トラックが通る大きな道路に出てしまったことにも気づきません。
「依子!」
お兄ちゃんの大きな声が聞こえます。
怒っているような、怖い声です。
でも、依子ちゃんはやっとお兄ちゃんに追いつけたんだと思って、安心して笑顔になりました。
お兄ちゃんは道路の反対側で依子ちゃんを見つけました。
依子ちゃんが泣きながら道路の真ん中まで歩いていくのが見えたのです。
「依子!」
お兄ちゃんは思わず叫びます。
そんなところに居たら、車にひかれてしまう。
そう思って追い返そうと思ったのです。
きょねん亡くなったお母さんが目の前でトラックに轢かれたのを思い出して、お兄ちゃんの足はがたがた震えます。
そんなお兄ちゃんの目の前で、依子ちゃんは立ち止まってしまいました。
そして、お兄ちゃんに笑顔を見せました。
きょねん、いのちがけでお兄ちゃんを助けてくれたお母さんの顔によく似ていました。
ブゥンと地面が揺れる音がします。トラックです。もう、すぐ近くまで来ていました。すごいスピードです。
この辺りの道路には人通りもなく、まっすぐな道なので、急いでいるトラックがよく使います。
お兄ちゃんは後先考えずに走り出しました。
それでも、小学生の男の子の足では全然まにあいません。依子ちゃんを道の向こうまで突き飛ばす事もできませんでした。
兄妹のふたりまとめて、ブレーキもかけないトラックに跳ね飛ばされました。
ただ、せめて依子が痛くないようにと、お兄ちゃんは空中で依子の体を引き寄せ、包み込むように抱きしめました。
それが、ふたりの最期になりました。
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