兄妹転生BADEND
雪下淡花
第1話 生前1
ぴこぴこぴこ。
8-bitのゲーム機が居間のプラズマテレビに繋がれています。
コントローラーを握るのは、アイスキャンディーを咥えた小学2年生ぐらいの女の子です。
それは夏の暑い日でした。
少女は丸襟のブラウスに赤い吊りスカートを履いています。
お行儀よく、畳の上のお座布団に正座をしています。
ほほを伝う汗が顎から滴り落ちそうになるたびに、ブラウスの肩で拭っていました。
……あまりお行儀は良くありませんね。
少女の目はずっとテレビ画面に釘付けになっています。
少女の右隣には青い水玉のワンピースを着た、同じぐらいの年頃の少女がつまらなそうにお煎餅を食べながら座っています。
「ねー、依子ちゃん。さっきからずっと同じ敵と戦ってない?」
青いワンピースの少女が、ゲームに熱中している依子ちゃんに話しかけました。
依子ちゃんは視線を動かさずに、
「ごめんね、右子ちゃん。つまらないよね」
「別に。急に遊びに来たの私の方だし。いいけどさ」
右子ちゃんはバリッとお煎餅を半分に割ると、片方を口の中に放り込みます。
「お兄ちゃんが帰ってくるまでに、レベルを上げておかなきゃいけないの」
依子ちゃんはロールプレイングゲームをしていました。
画面の中の主人公は今レベル48のようです。このゲームでは最大レベルまであと一歩というところでしょうか。
それなのに、出てくる敵はどれもとても弱く見えます。
モンスターが現れると主人公はいち早く攻撃して、たった1撃で敵を倒してしまいます。
一方、モンスターからの攻撃はほとんど1しかダメージを受けません。主人公の体力が229もあるのに、です。
依子ちゃんは、ただひたすら敵と戦っています。
少し寂しいBGMと共に、主人公はたった一人で広野を行きます。
モンスターと出会い、戦い、倒し、再び歩く。ただそれの繰り返しです。
もう何十分も経っています。
口元のアイスキャンディーはとっくに棒だけになっています。
部屋の外は夕焼けでうっすらとオレンジ色に見えます。
「依子ちゃんは、楽しいの? それ」
ゲーム画面というより依子ちゃんの方ばかり見ていた右子ちゃんも、さすがに飽きてしまったのか口をとがらせてぼやきます。
しかし、依子ちゃんはずっと楽しそうに笑っていました。
「えー? たのしいよ?」
「だって、同じことの繰り返しでしょ? 飽きない?」
「……お兄ちゃんが遊ばせてくれるの、レベル上げだけだから。たくさんレベル上げしていると、お兄ちゃん褒めてくれるんだよ」
依子ちゃんは、1秒も無駄にしたくないかのようにボタンを操ってゲームを続けます。
「ふーん、……じゃあさ、もっと先のマップに行ったら?」
「先のマップ?」
「ほら、そこの川みたいなところの真ん中に橋があるじゃん? そこ渡って……」
「駄目だよ、お兄ちゃんが、そっちは行っちゃダメって言ってたもん」
「でも、そっちに行ったらもっと強い敵が出てきて、たくさん経験値が入るかもしれないよ?」
「経験値……」
「早くレベル上げしたいでしょ? 大丈夫だよ。強い敵を倒したって、お兄ちゃんが帰ってくるまでに橋のこっちに戻ってくればバレないよ」
「う、うん、どうしようかな」
ちょっと口ごもりながら依子ちゃんは言います。
画面の中では主人公が依子の操作を待ちながら橋の前に一人で立ち尽くしています。
「貸してっ!」
ぼんやりしていた依子ちゃんの手から、右子ちゃんがコントローラーを取り上げます。
そして、ほんの2、3回だけ方向ボタンを押しました。たったそれだけで、主人公が今まで進むことができなかった橋の向こう側に渡ってしまいました。
すると早速、モンスターが現れます。
見たことがない形をしています。
「ほらね、言ったとおりでしょう?」
右子ちゃんからコントローラーを受け取って、依子ちゃんはしばらく食い入るように画面を見ていました。
勇ましいBGMがエンドレスで流れ続けます。
初めて出会った新しいモンスターを眺める依子ちゃんの目はキラキラと輝いていました。
やがて恐る恐る依子ちゃんが「たたかう」のを選ぶと、今まで通りあっさりと敵を倒してしまいました。
そして、今までにないたくさんの経験値が入ってきます。
興奮冷めやらぬといった顔で、依子ちゃんは鼻息を荒くしながら画面と右子ちゃんを見比べます。
右子ちゃんは、ただ笑顔を返しました。
それからはもう、依子ちゃんはただひたすら先へ先へと進みました。
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