第64話

「キュラス。彼女を頼む」

 ほうほうの体で戻ってきた仲間にそれだけ告げ、謎の男と対峙する。

 信じられない。

 一連の出来事はその一語に尽きる。彼女を処刑するのもそうだが、まるで悪い夢を見ているようだ。

 

 神聖厳粛な裁判所はあの二人にめちゃくちゃにされ、誰もがすがる教団の権威など地に落ちた。教団の掲げる正義、教義ではありえない。誰もやろうとしない。なんなんだこの連中は。

 状況は最悪だ。このままでは教団が――ひいては人類が敗北した格好となる。

 止めなければ。


「オラァ!」

 棍棒とも違う一撃を剣で受け止める。

 そのまま何度も振られるが、威力は軒並み大したことはない。お世辞にも剣術ともいえない。ただ鉄の棒を振り回してるだけにしか感じない。


 しかし、何かあるはずだ。

 総教皇猊下の言う通り、この男は一見無策・無茶であっても、その実周到な権謀術数を展開している。この攻撃にも何らかの狙いがあるはず。まさかたまたま手に入った鉄の棒一本で正統勇者である自分に戦いを挑むなどあるはずがない。

 その思惑を、魂胆を見抜く。

 目の前でいたずらに鉄の棒を振り回すのも何かの撒き餌に違いない。きっと何か、予想もつかない狙いがあるはずだ。

 その狙いを看破してみせる。裏の裏を読み、決して騙されない。


 ――――なーんて思ってるだろうな。

 そんなもんねえよばーか。

 俺は腹の底で笑いつつ、やたらめったらにバールのようなものを振り回す。こんなもん当たればいいんだよ当たれば。剣術なんて必要ねえんだよ!


 ありもしない答えを探してずっと迷ってろ。今のこいつは偽物の宝の地図を掴まされてウキウキでトレジャーハントしてるまぬけだ。ショベルを使おうがドリルを使おうが、埋まってない埋蔵金が見つかるはずもない。ないものはないのだ。


「どうしたエセ勇者。へばってんじゃねえぞ!」

 ガキィン。鎧の横っ腹を叩いたらいい音がした。ちくしょう腕が痺れるぜ。防具の上から叩いてもダメージが通らんな。


「俺は教団選定の勇者だ。本来勇者とは、教団の神託と試練によって選び抜かれた正義と秩序の代行者」

「借り物の言葉でほざいてんじゃねえ!」

 剣を打ち払う。おっ、顔面がら空き。


「勇者ってのは、世界を敵に回そうが、守りたいもののために喧嘩ができるやつのことだ。やることなすこと一切合切全部、他人に丸投げしたお前は、その時点で勇者失格なんだよ」


 勇者様の動きが止まる。隙あり。俺は思い切り振りかぶって――――

 正確に側頭部を振りぬいた。

「いっぺん死んで出直してこい!」


 よっしゃ片付いた。

 俺は無様に倒れた勇者をほっといて、ミツルのところへ向かった。

 炎の柱に囲まれてサウナ状態のフィールドをうろうろしていると、目立つ格好だからな、すぐ見つかった。


「やめときな。敵とはいえ小娘をいたぶる趣味はねえ」

 鎧をがっしり着込んだおっさんはギャルにそう言った。うーん武士だな。

「時間稼ぎでもすれば、あの嬢ちゃんが抜け出せると踏んでるんだろうが、残念ながらあの嬢ちゃんの腕にはめられてるのは特別製の魔封じの腕輪だ。破壊できる代物でもないし、解除する魔法もない。なにせ魔力そのものを根こそぎ吸い取るんだからな」


 なるほど。どうりでマオが拘束されたまんまでいるわけだ。その腕輪のせいで魔法が封じられてるんだからな。

「ならそれをぶっ壊せばいいんだな」

「おいおい話聞いてたか」


 苦笑する男を前に、ミツルはポケットからサイコロみたいなものを取り出す。サイコロみたいと表現したのは、それが普通のサイコロではないからだ。めっちゃ細かいな。何面体だあれ。

「〈百発一中ラッキーストライク〉。九九回は不発だが、残り一面に当たれば、その攻撃力は百倍という代物だ」

 俺と離れたときに買ったもんだろうな。すげえギャンブルアイテム。


「あらゆるものには、急所というものが存在する。その部分に当たれば、どんなものでも小さな威力でぶっ壊れちまう」

「その玉っころの当たりで腕輪の弱点を突けば壊せるってか。そんな確率、ほとんどゼロじゃねえか」

「だがゼロじゃねえ」

 平然とミツルは言う。ゴルフクラブはそのサイコロもどきを打ち上げ、マオがいる方へ漂った。


「必然は人の賜物。偶然は神の御業」

 ミツル以外は、その一部始終を見ていた者は意図せず玉の行方を目で追った。そりゃ気になる。

「〈ラーク〉。アーシが使える唯一のアビリティ。人が言うところの確率変動だ。現象の確定という確率が収束するその瞬間を操作する」

 

 〈百発一中〉は上昇を止め、ゆるゆると落ちていく。はたしてそれはマオを縛る腕輪に着弾し、はたして強固なそれを粉砕した。

「――――ホールインワン」

 



 瞬間、衝撃が起こった。

 一瞬、地震でも起こったのかと思ったが、違う。風だ、とんでもない風が吹いている。

 それはマオを台風の目とし、彼女を拘束していた手枷足枷はもちろん、あらゆるものが影響を受けた。


「馬鹿な。ゴッドアビリティだと」

 これにはさすがの総教皇も驚きである。

「あの娘、神の力の一端を使えるのか」

 そりゃ使えるわな。この場で俺だけが納得する。


「この風……風魔法、いや、単純な魔力の放出だけでこんな突風を。魔封じの腕輪をつけて数時間、外してすぐだぞ」

 鎧のおっさんもおっさんでマオの魔力量にビビってる。


「どこ見てんだよオッサン」

 その背後から、ギャルはゴルフクラブを大上段から振り落とした。無防備な頭部は兜を砕かれ、そのままおっさんは昏倒した。あれもクリティカルヒットなんだろうな。


「そうか。瞬間的な場面でしか使えないから、ずっと馬車に揺られてるときには使えなかったのか」

「そうだよ悪いかよ」

 つまり継続的なダメージは防げないし、確率の不確定な揺らぎに干渉するから必中を外すこともできない。チートと言うにはなんとも。


「さてと」

 俺はマオを迎えに行こうとして、足を止めた。見ると、さっきの突風で枷と一緒に吹っ飛ばされた勇者の仲間その二の魔法使いが、また戻ってきてマオと対峙していた。よう粘るな。


「助けに入る?」

「いやいらんだろ」

 巻き込まれそうだしな。俺はあの火球を思い出し観戦を決め込んだ。


「どいてください」

 手元に召喚した杖を握るマオに、魔法使いは首を振った。

「強がるんじゃないわよ。いくらあんたがどれだけ強かろうと、今のでもうからっけつでしょうが」

 魔法使いも杖を取り出して構える。期せずして魔法職どうしの魔法対決になりそうだ。


「〈フリーエル〉!」

 先手は敵の魔法使いだ。杖の先から冷気が――――

 出てこなかった。

「〈フリーエル〉!」

 TAKE2。これも不発。マオも合わせて杖を振っているが、特に何もしていない。

 いや、これは……


「相殺詠唱……ふざけた真似を」

 なるほど。相手の魔法と反対の魔法をぶつけて消滅させてるのか。事前に相手の魔法を察知し、即座に反対の魔法を発動させる。化け物じみた技だな。


「だったら真似できない魔法をぶつけるまでよ!」

 魔法使いは上空に杖を掲げる。

「天来る雷よ! 数多もつ雷鳴の輝きをここに顕現せよ。降雷せよ、わがもとに! 対するは地這う蒙昧な咎人。裁くは我が断罪の剣。この一閃は浄化の閃光! 至高なる雷撃――――〈ヴォルテックス・ジャッジメント〉!」

 長い詠唱を経て、どこからともなく強力な雷が落ちてきた。空を引き裂かんばかりの威力である。


 何束もある雷の束がマオを襲う。あれは避けれない。いや、避けるつもりもないのか。彼女は杖を軽く持ち上げるように振った。杖の先からはパリパリッと静電気のようなものが走った。

 直撃。


「どう? この固有魔法は、かの天竜の電撃にも匹敵し――――」

 自分専用の魔法を誇らしげに語る口が止まった。それもそのはず。雷で舞った煙が晴れた中には、無傷のマオがいるのだから。

「なるほど。ラディエストをぶつけて威力を殺したのね。雷の最大級呪文で疑似的なシールドを」

「何を勘違いしてるんですか?」

「ひょ?」

「今のはラディエストではなくラディエル――初級呪文ですよ」

「そんな……くっ。だったらもう一度。天来る――――」

「うるさいですね」

 マオは人差し指と中指を伸ばし、相手に向ける。

「〈ラディエル〉」

 そのまますっと下ろし、雷は降り注いだ。あっけなく感電した魔法使いは、その場で倒れた。そりゃ前衛もいないのに長々と詠唱やってたらこうなるよ。


 勇者一行、これで全滅か。

 とか思っていたら、俺の背後でドサリと音がした。振り返ると、あの燃えるライオンが転がっていた。奥では、さっき俺が倒したはずの男が立っていた。


「まだ、決着は」

 たしかに一勝一敗、これで決着ということにはなろうが。正直それに付き合う理由もないだろう。ここは三対一で……


「勇者としての一騎討ちを貴様に要求する」

 ……なら、受けないわけにはいかんな。勇者として。

《待て》

 足元の灼熱炎魔の声。

《そのままでは死ぬぞ》

 勇者は目がすわってる。さっきみたいな動揺を誘った騙し討ちはもう通用しないであろう。一撃一撃、目の前の動きすべてに重きをおいた戦いをするだろう。そうなれば、俺に勝ち目などあろうはずもない。勇者崩れを一掃して消耗してるとはいえ、この炎獅子とやらがやられてるわけだしな。


《力を貸してやろう》

 ん? 思ってもみない提案に俺は不審がった。このライオンに殺されかけたんだけど俺。

《恩もあることだしな》

 さっきといい、なんで助けてくれるんだろ。俺こいつになんかしたかな。まあいいや。助けてもらえるなら渡りに船だ。頼みのマオもさすがに疲れたのか杖をついて休んでるし。ここで俺が目の前の勇者を撃破すればこの騒動もしまいだろう。残った戦闘要員はこいつだけのようだし。


「そんなナリでまだ力残ってるの?」

《われら四魔精は他の精霊同様、元は虚ろな存在。ここに物体として形作り、維持することに力のほとんどを使っている。とすれば、依り代に憑依すれば、その分の力を戦いに回せることも道理》

 つまり俺と融合すればとんでもない力になるってわけか。

 だが。


《もっとも、われの炎はなじまぬ者の身も心も焼き尽くす。その覚悟はあるか》

 マオが教えてくれた融合魔法のリスク。こいつほどの精霊、俺が受け入れられる器か否か。

 いや――――


「あるさ」

 結局、覚悟の問題なのだ。どれだけ安牌だろうと、危険牌だろうと進むか退くかは当人次第。どんなに安牌でもやらねえやつはそこで立ち止まってうずくまるし、どんなに危険牌でもやるやつはツッコんで上がっていく。


「ここでやらなきゃ、死んだ甲斐がない」

 俺の場合、その一言に尽きる。

「どんなに低い確率だろうと、やらなきゃ何もできず死ぬだけだ」

 背中に拳があてられる。あてられてんのよ。

「確率が、なんだって」

 俺は軽く笑った。

 どうやらここに来て初めて見た夢が、現実になりそうだ。

 ――――『俺は――――』

 そう、あれは。

『お前だ』

 未来の俺の。

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