第63話


 …………さて。

 どうすっかなぁ

 俺は遠い目で回りを見る。肝心のマオはどうも動けないようだし、周りはみんな敵だらけ。あのあと飛竜直行便でこっち来たからなんの備えもない。ほとんど手ぶらだ。ビラを読むと今日の夕方の処刑の告知だった。どう考えてもそれは別人のことだろうが、あの総教皇のことだ、すんででマオを替え玉にして処分する可能性大。そう睨んでいざ直行したらドンピシャだったわけだ。


 謝ったら許してくれないかな。

 誠心誠意謝ったらなんとかなるのではないだろうか。お、だんだんそんな気がしてきたぞ。とりあえず、土下座をして……


 俺が必殺の土下座外交をお見舞いしようとしていたら、処刑場に続々と黒いのが集まってきて、みんな一斉に剣を構えた。あれ? これ謝ってもだめなパターン? 時すでにおすし? もしかしてこいつらみんな俺が相手にしないといけないの?


 あ、膝が震えてきた。

「貴様、何者だ」

 足をガクガク、手をブルブルさせていたら勇者がマオを遮るように立っていた。守ってるつもりかよ、処刑しようとしてたのはどこのどいつだ。


「名乗れ」

 名前? 何話前の話だよ、もう覚えてねえよ。名前覚えるの苦手なんだよ。

 たしかヨ……

 ヨハ…………

「我が名はヨハネス・ブ・ルーグ!」


 すると黒づくめがどよめいた。

『あの伝説の戦士ルーグ公の一族だと』

『それならこの単騎がけも納得がいく』

『しかしこの数で勝てるのか……?』

『勝てるわけがなぃ……逃げるんだぁ』

 なんか知らんけどビビってくれた。


「皆さん、落ち着いてください。ただのはったりです」

 しかし総教皇の一声で困惑は納まってしまった。ちっ、余計なことを。

 気を取り直して勇者の落ちこぼれどもが俺にじりじりと間合いを詰めていく。

 こりゃ詰んだかな。なんとかなるかと思ったけど無理だったね。マオがなんとかしてくれようともがいてるけど手枷足枷で動けないようだし。


 もはやこれまで。

 辞世の句を遺そうとしていたら、さっき見送った飛竜の姿があった。全員の視線が俺に集中するなか、その背後を突くように飛ぶそれは、上空を一直線に降下し、マオに迫った。


「おっと!」

 それにいち早く気付いたのは勇者のお供その一。ごついおっさんの方だ。メイスを振りかぶり接近する飛竜の主に突っ込んでいく。

「ガハハハッ。よく防いだな!」


 そこに乗っていた奴は舌打ちひとつ、得物を取り出してその一撃をガードした。しかし飛竜の高速移動と打撃の衝撃が合わさって、飛竜から放り出される格好となった。あ、こっち飛んできた。


「ちょっ」

 たまったもんじゃないのは、突っ込んだ威力そのままで飛竜と衝突された連中だ。ボーリングのピンよろしく、勇者のお供その二たちはぶっ飛ばされた。哀れな。

「まったく、完全に虚を突かれる格好となりましたね」

 とは言いつつも、総教皇の余裕は崩れない。

「丸腰で一人で来た時は無策かと思いましたが、この奇襲を隠蔽するには完璧な迷彩でした」

「そうなのー?」

「知るか」

 シュタッと俺の隣に着地したミツルはお気に入りの五番アイアンを手の中でくるりと一回転させる。


「で、なんでその子が処刑されなきゃならねーんだ」

「神による裁きです」

「ざけんな」

 総教皇のもっともらしい意見は一蹴された。


「神は人を救わねえが、神は人を殺しもしねえ。テメェの人殺しの言い訳に神使ってんじゃねえよタコ」

 言ったもん勝ちの『神』というパワーワードも、こいつにかかればかたなしだな。

「それでは我々の神を否定することの意味を、これから体感するとよいでしょう」

 また剣やら杖やらを構える面々。あれ、これ数は減ったけどそんなに状況変わってなくね。


「どうすんだよこれ」

「あ? 知るかよ」

「いやこれ何か秘策があって来たんだろ? なんか腹案とかプランβとか」

「あ? ンなもんねえよ」

 だめだこいつ。

「しかたない。作戦を説明する」

「作戦?」

「お前が囮になる。俺がその間にマオを連れて逃げる。うーん、パーフェクトプランだ」

「もっぺん死ね」


 俺は一度ふーっと深く息を吐いて、目の前の絶望的な状況を眺めた。

「それじゃ、仲良く玉砕といきますか」

 不思議と、悪い気はしなかった。笑みすら漏れ出てる。

「まさかアータあのまま直行したの? 武器は?」

「こんなこともあろうかと」

 俺は隠し持っていたブツを取り出す。

「それ見たことある。たしか……バール」

「バールのようなものだ」

「バールじゃないの?」

「よしんばバールでも『バールのようなもの』だ」

「アータって……人間ってほんとよくわかんねえ」

「それが人間の妙味ってもんよ。そんじゃま、見せてやろうぜ。ギャルの底力ってやつを」

「るせーよ」

 バールのようなものをクルクル回し、俺も構える。

「さあ、どっからでもかかってこんかい!」


 総教皇が仰々しく腕を天に上げる。

「総員、密集包囲陣形」

 どこに隠れていたのか、黒いのがさらにぞろぞろと処刑場にやってきて、俺たちは完璧に囲まれた。アリの逃げる隙間もありゃしない。


 数はざっと五〇。俺がいた学年全員と考えると絶望しかねえな。

 そんなときだった。

 お空から火の玉が振ってきた。

 それは円みたいな列を作っていた黒いのに吸い寄せられるように当たり、あっという間に炎の柱となった。

 柱が連なり、炎の壁ともいうべきそこから現れたものは、俺も見たことがあるやつだった。


『炎獅子……!』

 誰かがつぶやき、一同は戦慄しているようだった。

『灼熱炎魔だと』

『魔王四魔精がなぜここに』

 灼熱さんはそのライオンみたいな口から炎を吐き出し、黒いのをさらにこんがり焦がして黒くしている。

 なんだか知らんけど仲間になったみたい。

 ラッキー。


「してやられましたね」

 総教皇が額に手をやる。

「奇襲での救出が失敗となっても、敵をおびき出し一網打尽にする。隙の生じぬ――我々の意識の隙というものを生じさせる三段構えの策。まったく、たいした陽動作戦です」


 なんかめっちゃ高く評価されてるけど……

「そうなのー?」

「知るか」

 とりあえず邪魔くさい勇者落第者たちは引き受けてくれるらしい。このあたりから観客も見物してる場合じゃないと察知したのか、ほとんど逃走していた。


「アーシはあのエロオヤジを〆てくる。アータは」

「勇者の模範ってやつを教えてくるぜ」

「よーいうわ」

 あきれつつも駆け出すミツルから視線を流し、俺は正面にいる男に手の甲を向けてクイクイと片手で手招きする。

「おら来いよ」

 俺は不敵に笑ってみせる。

「――――エセ勇者」

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