第55話

「弱った個体は排除し、増えた数量は調整する。象徴ではない、生命を統治する神が必要なのです」

 ――――『この二人、周辺の村々の井戸に猛毒を混入させ、犠牲者多数! また、魔族とも手引し――』


 ああ、やっぱりか。

 とうとうからくりが読めた。どうしてこの人が宗教を作り、民衆を導いているのか。

 すべては前の世界での反省。前の世界じゃうまくいかなかったから――うまくいく方法は誰にでも浮かぶにも関わらず、実行できなかったから。


「マオ」

 俺がぽつり。

 握った手がわずかに揺れる。

「あの裁判所で処刑されたやつに、悪いやつなんていなかったのかもな」

「どうして」


 知っているのか、わかるのか。それが聞きたいであろう彼女に、確信に変わった推測を告げる。

「まず目の前のお人は耳当たりのいい教えをばらまいて宗教を作った。これがトモノヒ教。教団が作れるくらいの人数と影響を持ってから、次に裁判や政治を支配した。教義による裁きと、教徒じゃなければ使えない施設の数々だな。あとは既成事実と国家による黙認があれば完成だ。異教徒は迫害し、都合の悪い事実は教団により隠蔽される」


 総教皇はまるで生徒が模範解答を導き出したのを眺める教師のようだった。

「たとえば、とある村を滅ぼした罪を従順な教徒がやったことにして処刑させる、とかな」

「どうして」

 そんなことをするのか、そんなことができるのか。彼女はそう聞きたいのだろうが、俺が答えることじゃない。答え合わせは生徒間ではなく、教師が示すものだ。


「昔、とある村に疫病が蔓延しました。原因解明はさておき、すぐに対処しなければ、それは他の村や都市にまで伝染し、生命はもちろん経済にも深刻な影響をおよぼします。治療法や後遺症の確立のために、いくつかのサンプルは確保するかもしれませんが、だいたいはその場で殺処分が最適解です」


 しかし、と総教皇は目を細めた。

「だからといって軍を動かし村を滅ぼせば、民衆は反感でもって批難します。民のためを思ってしても、どの面さげてか、民は正論を言った気で政府を批難します。結果、政府は後手に回るしかない。民主主義であれば尚更です」


 経験者は語る。

「いわゆる汚れ役が必要なのです。最適解でありながら人道的に不可能であれば、必要悪を代行者にするしかない」

「要するにトカゲの尻尾切りでは?」


 俺の嫌味はそのままに、

「その村は滅菌のため教団が滅ぼしました。何も知らない民は問います。『誰がやったのか』『何があったのか』そこで教団は真実として『異教徒が井戸に毒を入れました』『無法者が魔族と通じ襲わせました』と公言し、処罰します。こうして教団は正義の象徴となり、民衆の安寧は維持されました」


 めでたしめでたし、ってか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る