第54話
「民主主義の国家元首は色々と不都合が多かったですからね。かといって独裁政権も煩わしいクーデターがついて回ります。自然宗教に偽装して民衆を掌握する手法が最適だったんですよ」
自分が転生者だと――かつての内閣総理大臣だと隠す気はないらしい。まあ、そんな情報を俺に開示したところでなんの不利益もないと計算済みだろうが。
「しかし、それでもこんな見事な富士山は描けないでしょう」
俺は見事な富士山型のグラフを見上げる。
「それだけじゃね」
治療に制限をかけただけではここまではっきりした形にはならない。神の見えざる手なんてありはしない。どうやったって、人間がやることには誤差や異常がでる。どんなに崇高な制度や思想でも、それを人間の意思や流行に一任すれば、やがて変質し破綻する。
それを防ぐためには――――
「こちらはご存知ですか?」
割と痛いところをついたつもりだが、総教皇はなんのことはないといった具合で、俺たちが座るソファーの前にあるテーブルの上に何かを召喚した。
球体のガラスである。
大きさはバスケットボールくらい。中身は空洞になっており、水と土と草と魚が入っている。
「水槽……アクアリウムですか?」
「正しくはパーフェクトアクアリウムと呼びます。私の趣味です」
いやそこまでディープなのは知らんし。
「でも穴もないのにどうやって餌を入れるんですか? あと空気も入れるんですよね」
あのブクブクするやつ。
「必要ないのですよ」
総教皇は楽しそうに語る。趣味を他人に紹介するとき特有のやつ。
「魚は草を食べ、草は土が育て、土は魚で肥える。二酸化炭素・酸素・窒素の循環はバランスがとれ、コントロールされている。完成された世界です」
まさにパーフェクトってか。
「でも……」
「ええ、それでも制御できないものがあります」
俺の批判を先読みするあたりはさすがといったところか。
「魚……生命だけは自然に任せることはできない」
たとえば病気にかかったり、たとえば繁殖しすぎたり……そういったイレギュラーには対応できない。魚が死に絶えれば、土に栄養は回らず草は先細った末に――
滅亡。
俺たちのいた世界と同じ結末だ。
「世界のミニチュアとはよくいったもので、この水槽は社会そのものなのです。見えざる手など存在せず、バランスを崩しコントロールを失えば立ち直る術はありません」
リアリティというか、重さ苦しさのある言葉だった。多分、そういう現実に直面した経験がとんでもないくらいあるんだろうな。質としても量としても。
「だから神が必要なのです」
俺は少し目を閉じた。どうやらここが本題らしい。
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