第53話

「もし、寿命が延びる魔法があったとしたら? もっとも、あくまで延命するだけで、機能回復や病気療養とは無縁の魔法だ」

「多数の上位層が間延びして減少せずそのままになるのではないかと。いえ、それだけではありませんね。今度は中間層までお年寄りになっていきます」


「そのとおり」

「そんな歪な社会ありえるんですか? いろいろと無理があるような」

「それがありえるのですよ」


 答えようとした俺より早く答える声。

「いえ、今となってはありえたと言うべきでしょうか」

 後ろ手に扉を閉めた総教皇は、自身のたいそうご立派な椅子に腰かけた。俺たちと彼の間にあるのは、これまたご立派な執務机だけ。直視するのがつらいのか、マオは顔を伏せた。


「先の大戦の反省から産まれた人権主義・福祉国家。それはたしかに当初は素晴らしき理想であったのでしょう。万民の平等・健康・幸福……そのために社会は無尽蔵の命を求めた。より多く、より長く……」


 総教皇の目は、遠き――――本当に遠き過去を見つめているようだった。

「しかしそれは国家を腐敗させる猛毒でした。行き過ぎた保障や医療は民を肥え太らせ、やがて自らの国まで食い尽くすようになりました。若きは生き、老いは死ぬ。その原則から外れた末路は」

「滅び」


 正直口にして認めたくなかったが、そういうことだ。

「やはりあなたとあの少女は、かの世界から来ましたか」

「ひょっとして泳がされてましたか?」


 わざわざ目立つように、この世界の住人が知り得ない人口ピラミッドを貼っていれば、嫌でも気になる。そこからべらべら話していれば察しはつく。まあ、ギャルがウロチョロしてるの見ればもうほとんどわかっただろうし、これは詰めの答え合わせだろうが。


「それとなくかまをかけるつもりでしたよ。腹芸は得意でしてね。もっとも、あの表は小道具ではなく私の日課です。毎日更新しているわけです」

 すっ、と総教皇が人口ピラミッドに向かって手をかざす。すると棒グラフがわずかに動いた。術者の魔力に反応して変動するとかそういうやつだろう。信者にマイナンバーつけてるのも正確な人数の変動を把握するためか。これが追えない異教徒は文字通り人間扱いしてないわけだ。


「この素晴らしい富士山を眺めるのが楽しみでしてね。これこそ国家のあるべき姿です」

「だから徹底して医学薬学を禁止したわけですか」

 こちらも答え合わせといこうか。


「ええ。いたずらな延命など誰のためにもなりません。民にも国にも」

 ポーションや治療魔法に制限をかけたのはそのため。

「政治家から宗教家に転身とはずいぶん思い切りましたね――――日ノ本鎮さん」

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