第38話

「さてと次は」

何をしようかとキョロキョロすると、香ばしいかおりが鼻をくすぐった。見ると、いかにも縁日の夜店でありそうな屋台があった。焼き鳥でも焼いているように見えるが……焼いているのは鳥なのかはわからない。


「一本ください」

「あいよ」と店の親父から買った串を眺める。肉のようなものと野菜のようなものを交互に刺して焼いてある。バーベキューみたいなものか。


「…………うーん」

 少し離れたところであぐあぐやってみると、その、まあ、ありていに言って……

 うまくねえ。


「品種改良してなきゃこんなもんかな」

 そこいらで採れた獣とそこいらに植えてある植物を切って焼いただけだろう。この世界でそれなりに食べたけど、調理技術、畜産や栽培……そういった文明とでも言うような技術はまるで感じられなかった。


 実際、こういうもんなんだろうな。

 〝お話〟じゃこういうのを美味そうに食うシーンはあるが、そいつはよほど今までロクなもん食ってきてないか、おめでたい味覚の持ち主なのだろう。


 なんだかなあ。

 しょっぱなからずっと、こんな調子だ。予想じゃもっとこう、チートで無双して、なんもかんも上手くいって……って、漠然と期待していた。それがここまで、悪い意味で予想を裏切られてばかりだ。転生早々死にかけるわ、武器も手に入らないわ、魔法もしょぼいわ、ゲロ吐きながら移動するわ……


 憂鬱に遠くを眺めていると、視界の端に見覚えある赤があった。その赤は、最初に泊まった宿で見かけた少女だった。少女は、物陰から屋台を見ていた。

 なんとなく近づいてみる。


 赤い髪と赤いワンピースの彼女は、俺が――こっそりとはいえ――近づいたことにも気づかず、ただまっすぐに屋台を見ていた。

 そんな珍しいものなのだろうか。


 俺が不思議がっていると、その疑問はすぐに解決された。

 耳にかすかに聞こえてくる腹の虫と、少女の唇の端にうっすら浮かぶものを目にしたからだ。


 ふーむ。

 数秒ほど、俺は顎に手をやったが決心し、再度屋台へ出向いた。そしてこう言った。

「今焼いてるの全部ください」


 ご丁寧に袋に入れてもらった三〇本ほどを抱えて、俺は少女のところに行った。彼女は俺を不審そうに見上げている。

「買いすぎたから手伝って」

 我ながらざあとらしい誘い文句である。


 この街に到着したときに降りた川は舗装された立派なものであり、その川岸には腰を落ち着けるベンチが並んでいたのを思い出した俺は、そこに少女を誘った。

〝待て〟のままで、ずっと視線が俺の抱える袋に釘付けの燃えるような赤い瞳に、

「いいよ」と言った。すると袋を受け取った少女はベンチに背を預けて、中身に手を出した。


 よく食うなぁ。

 ガツガツと噛んで串焼きを文字通り消えるように食っている。そのうち、一本・一本じゃ追いつかないらしく、指全部で串を挟んだ。通称バルログ持ちである。器用というか食い意地はってるというか。


 そんなに美味いか?

 一本つまんで口に含み、恐る恐るかじってみる。

 うーん…………

 やっぱうまくねえ。

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