第37話

「アーシがいない間に、またなんかあった?」

「さあてね。……とりあえず今日は個人行動でいいか?」

 女将との別れの挨拶もほどほどに、旅館の前で俺は提案した。


「昼までに馬車のところに集合って流れで」

「わかりました」

「アーシも別にそれでいいけどさ。アータ何しに行くの?」

「服買うんだよ」

 寝起きで目が半開きのミツルに対し、俺は着古したパーカーのフードを引っ張ってみせる。


「いい加減この格好は場違いすぎんだろ」

「あっそ」

 最も場違いなやつは興味なさそうに返事した。

「アーシがコーデしてあげようか」

「遠慮しとく」

 もっとおかしな格好になるだろ絶対。


「マオはどうする? あー、言いたくならいいけど」

「私は遺跡というものを見てみたいです」

 昨日ハブられた感じになったの気にしてるのだろうか。旅を楽しんでそうな今までの感じに戻ったからまあいいや。


「じゃあ案内頼むわ」

 俺に話を振られたミツルは不承不承といった風で頷いた。どうせ暇なんだろうし、否定する理由もないのだろう。


 さて、と。

 女子二人の遠ざかる背中を見送って、俺は歩き出す。

 道中、道行く人の姿を改めて見る。服装のセンス、トレンドをそれとなくリサーチしてるわけだ。まあ、よくある村人風の外見だな。これに合わせておけば浮くことはないだろうが、俺勇者だからな……もっとそれっぽい服装が相応しい。いかにも勇者ですといったコスチュームが売っているような服屋がないだろうか。

 まあ、ないわな。


「あるよ」

 ダメ元で服屋の店員に話してみたら、こう返ってきた。

「その手のは売れ筋だからね、どこの店でも並んでるよ」

 あれか、プロアスリートのユニフォーム的なあれな感じかな。


「最近入ったのは、このモデルだね」

 棚にたたまれて平積みされていた服を店員が広げてみせる。

「先代魔王を討伐した勇者アルロト・ドルフ・ロイアス・ラフォン公の装束」


 なんというか、いかにもといった見た目であった。緑を基調とした、既視感のあるような勇者っぽいコスチューム。

 同じ棚に並べられている勇者服シリーズも似たようなもんだ。セオリーみたいなものでもあるのだろうか。


「かの六英雄に名を連ね、トモノヒ教直属の勇者にも選定された英傑。今となってはその子息が後を継いで教団選任勇者に」

「じゃあそれください」

 このままおとなしく聞いてたら日が暮れそうなので長ったらしい能書きをぶった切る。まあいいや、なんでも。

 とりあえずそれっぽい恰好でもしないと、このままでは勇者以前に不審者扱いだ。


「ありがとうございました」

 買った服を早速着た俺はルンルン気分で店を出る。いよいよ勇者っぽくなったな。見た目だけは。

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