第31話(第4章)
「時はおよそ十年を遡る」
立ち上がった神は杖で床を叩く。すると周囲の景色は一変した。
ここは、マオの家の大広間か。
相変わらずだだ広い空間。違うのは、中央にこぢんまりとしたテーブルがあるくらいか。大きさとしては四人用。純白のテーブルクロスが掛けられ、真ん中には花の入った花弁が置かれている。
物音に気づき振り返ると、あの無駄にデカく分厚い扉が開いた。
食器を両手に抱える少女を筆頭に、二人の男女が入ってきた。
一目で、五歳前後のマオと、その両親だとわかった。
『見てみて! ちゃんと並べられたの!』
両親は得意げな娘を褒めつつ、料理をテーブルに置いていく。
『さ、お祈りをしようか』
着席した父親の動作に合わせるように、二人は手を組む。
『お腹すいた』
唇をとがらせるマオの頭に母の手がそっと置かれる。
『マオン。この前会ったバロンって男の子だって、お前と同じくらいの歳でもちゃんとお祈りしていたでしょう? きちんと祈りなさい。そうすればいつか困った時、神様は御使いを送ってくださるわ。いい子にしていれば、神様は救いの手を差し伸べてくださる』
『御使い?』
『そうね……勇者様のことかしら』
『勇者様!』
『悪い子のところには勇者様は来ないでしょう? マオンもお姫様になりたいなら、きちんとお祈りができるいい子にならないとね』
『うん!』
納得したような表情で、彼女は両親を真似た。
もっとも、このあとの結果を察するに、目を閉じ頭を垂れ指を組むことに、何の意味があったのか――――
今の俺にはわからない。
「それで? このあとどうなった? 事故死でもするのか」
「すぐにわかる」
今更だが、どうやらマオたちには俺と老人の姿が見えていないらしい。これはタイムスリップというより、過去の光景を再現しているんだろうな。
再び扉が――今度は乱雑に開かれる。
五人の人間がいた。
中央に黒い修道服の男。その脇を四人の鎧が固めているといった風情だ。
何事かとマオの父親は立ち上がり近づく。すると修道服は懐から一枚の書類を取り出し、大層に掲げる。その物々しさに、母親は娘を自分の胸に引き寄せ抱いた。
やりとりを聞くに、両親はトルカに連行されるらしい。あの紙切れは令状ということだろう。
『お父さん、お母さん、連れて行かれちゃうの?』
食事もそこそこ、必要最低限の荷物をまとめる両親に、マオは不安そうに尋ねた。
『心配しなくてもいいんだよ』
父親はそんな彼女の両肩に手を置く。
『お父さんとお母さんは、少しお話をするだけさ。マオンには、私達が捕まるような人間に見えるのかい』
首がちぎれんばかりに、娘は頭を右に左に回す。
『だって毎日、ちゃんとお祈りしてるもん。何も悪いことしてないもん』
『そうだろう? 神様はいつもお前を見守っているよ。それを忘れずに、祈りを欠かさずに続けなさい。神様は祈りに必ず応えてくれる。その時は何も迷うことはない。その手を取りなさい』
『うん、ちゃんと毎日お祈りするよ。だから早く帰ってきてね』
両親は微笑み、男たちに連れて行かれる。
重々しく扉が閉まり、広間には冷めた食卓とマオが残された。
「これが親子の最後の会話となった」
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