第30話

 うーん。そんな冷徹なご両親なんだろうか。よくこんなまともに育ったもんだ。

 俺が妙な感心をしていると、背後で物音がした。

「早かったな」

「軽く汚れ落としただけだかんな」

 風呂上がりのミツルはどかっと座椅子に腰掛ける。

「飯食ったらがっつり入る」

「ああ、そういう」

 待ってる俺たちがいつまでも食えないことに配慮したのか、それとも食いっぱぐれることを心配したのか。多分後者だな。


「で、なんか空気重くね? なんかあったの?」

 俺が聞きてえよ。

 結局、女将が料理を運んで来るまで膠着状態は続き、食後に流れで風呂入って、その間に敷かれた布団で寝た。最高級なだけあって布団は寝心地いいのに、なぜかすごく気まずくてまったく休まる気がしない。せっかく自腹切って最高級の部屋とったのに。



「わしじゃよ」

「何が?」

 ふと気づくと、あの和室にいた。ちゃぶ台はさんで腰掛ける神様に合わせて、俺も座っている。ミツルが言ってたのはこれか。つまりここは夢の中。


「それでその……最近はどうじゃ」

「いや何が?」

 話したいけど話すことないからふわっとした感じで話しかけてくる親戚みたいだな。


「異世界に来てもう二日目が終わる。よくぞここまでもったな。正直とっくにくたばってると思ったが」

 正直すぎるぞ、この神様。

 ホッホッホッと言いながら茶をすする。ねえ、俺の分は? ここは客に茶も出さないで自分だけ飲むんか。


「まあ確かに、マオがいないと速攻でくたばってたな」

「あの娘はどうじゃ」

「あー」


 そうだ、せっかくだから相談してみよう。神父より神様に直接相談した方が話が早い。

「強いし優しいし可愛いし、言うことなしなんだけど、なんか急に態度がそっけないというか冷たくなりましてな」

「ほー。なんぞ地雷でも踏んだか」

「そんなつもりは……ただ親を大事にしなさいと至極まっとうなことを」


 その話をする前からなんかおかしかったが、他に理由は思い浮かばんしな。

 神様はズズズと吸った湯呑を置く。

「おぬし、やってしまったな」

「えぇ……」


 そりゃ消去法でそれしかないけど、そんな失言だったか?

「そんなに仲の悪い親子だったんです?」

「いいや。大層仲睦まじい関係であったよ」


 老人は目を細める。

「あの娘は両親からの惜しみない愛情を受け、それを素直に糧として育った。そこに一切の憎悪や敵意はなく、まったくもって模範のような家庭じゃった」

「…………?」

 過去形……?


「だからこそ、それを理不尽極まりない形で奪われれば、生涯癒えぬ傷にもなろう」

 嫌な汗が背に浮かんだ。

「あいつの両親は、もう」

「さよう。もはやこの世におらぬ」

 平然と、何食わぬ顔で、神は告げた。

「あの娘は、およそ最悪と呼べる形で親を目の前で失っておる」

「そんなつもりじゃなかった」

 意図せず口からこぼれた。

「知っていたら絶対に言わなかった。だって、普通、ありえないだろ」

 ――――『怒ることも、泣くこともありませんから』

 あの言葉が、あの言い方が、そんな意味だなんてわかるわけないだろ。


「悪気はなかったんだ」

「あの娘が責めたか? あの娘が嘆いたか?」

「…………いや」

 ――――『だから、もうその話はしないでください』

 泣くなり怒るなりしてくれれば、まだマシだったかもしれない。マオはただ耐えていた。俺の無神経に黙って耐えていたんだ。


「それで? おぬしはどうする」

「……謝るさ。その気はなかったとはいえ、やっちまったものはしかたない」

「それだけか?」

「他にどうしろって言うんだよ」

「それを決めるのは、これからのおぬしだ。そのために、おぬしをここに送ったのだから」 

 ――――『この世界、あの座標、あの時間に飛ばした理由があるはずなんだ』

 そうだな、そういえば聞くことはまだあった。

「聞かせてもらおうか」

 神よ。

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