第29話

 ……ああ。

 合点がいった俺は胸中で納得する。

 これは俺だ。

 ここに来る前の俺そのものだ。

 世界に絶望し諦めきったような。


 でもなんで?

 ここに来るまでは、楽しそうにしていたのに。

 俺たちが出ていってからなにかあったのだろうか。


「何かあったか?」

「いえ……何も……女将さんも優しくしてくださって……」

 ふむ……。あれかな、置き去りにされて拗ねてんのかな。

 俺がミツルと仲よさげなのにヤキモチを焼いて……ないな、さすがに。


「俺たちはここの主人が働いて……とは違うけど、作業してるところにお邪魔して、それを手伝っていたんだよ」

「そうですか」

「だから、二人でなんか楽しんでたとかそういうんでもなくて、ほら、土とかついて汚れちゃって、むしろ大変だったというか、貧乏くじだったというか……」

 なんか浮気した時の言い訳みたいだな。俺は妙な後ろめたさを感じた。


「勇者」

 マオは俺の精一杯の口上に興味はなさそうに、ポツリと呟いた。

「ん?」

「勇者だったのですね」

「お、おお」

 なんだそんなことか。


「俺は勇者になるためにこの世界……この地方にやってきたんだ」

 聞きたきゃ聞かせてやろう。厳密には勇者になるためというわけではないが、まあ似たようなものだ。

「魔王を倒して世界を救ってやるぜ。そして俺は伝説に……」


 その時のマオの目は、ひどく冷たかった。

 まるで信じていたものに裏切られたような、まるで何か大切なものを奪われたような……


 悲哀?

 後悔?

 失意?


 なんと形容していいかわからなかった。こんなことなら現代文の授業きっちり受けとくんだった。

「…………」

 マオは何も言わず、俺を見ていた。そばで立て掛けていた杖に人差し指を這わせる以外、動きはなかった。


 さっきのミツルもそうだが、なんで勇者になると言っただけでここまで塩対応なのだろうか。女子の考えることはわからん。あれだろうか、女子的には子供っぽいとかダサいとかいう印象なのだろうか。まったく、男子のロマンというものを君たちも少しは理解をだな……


「あー、そういえば、だ」

 ひとまず話題を変えよう。

「お前を連れ出す時さ、家の人に何も言わずに出ちゃっただろ? 今からでもさ、手紙でもいいからちょっと挨拶をしておいた方がいいかな」

「必要ありません」

 一切悩むこともなく、そう断言された。


「いやでもさ、娘さんを相談もなく連れて行ったらたいていの親は怒るか泣くだろう」

 親の心子知らずとは言うもので、かといって俺も人の親ではないからそれを代弁するのは筋が通らないような気もするが、一般的に考えると、そういうことではなかろうか。


「必要ありません」

 聞こえなかったのか、と言わんばかりに二回言われた。あれ? もしかして親子関係うまくいってないパターンかこれ。

「いや、うん。気持ちはわかるよ。あんまり口をききたくないとかさ。でもさ、こういうのはちゃんと言っておかないと後悔すると思うんだ」


 自分の経験からアドバイスしてみる。俺も親子仲はよくなかったさ。でもな、今にして思えば、もう少し歩み寄ってもよかったんじゃないかって。もう話すことができなくなった今はそれとなく思う。


「大丈夫ですから」

 マオはまた外に顔を向けた。

「怒ることも、泣くこともありませんから」

 開けられた窓からはぬるい風が入ってくる。

「だから、もうその話はしないでください」

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