第28話

「なんか怒らせるようなこと言ったか?」

 とりあえずその背を追う。

「お前が真人間になるなんて天地がひっくり返ってもないだろうし、やっぱり俺が天寿を全うするまでいるのか? そしたら」

 お前名実ともにヤマンバギャルだな。

 後半の言葉はさすがに自重した。


「その前に、アータ殺されるかもね」

 風景に町並みが入ってきた。もう少しで宿につく。

「道中のモンスターにか? マオがいるからなんとかなんだろ」

 魔王軍の幹部っぽいのですら瞬殺だったし。


 純和風の旅館の前まで来た。引き戸を開きながらミツルはポツリと、

「アータが目指してる勇者によ」

 首をかしげる俺をよそに、こいつはさっさと入ってしまった。

 なんで? 俺が? 勇者に?


 腕を組みながら作りの悪い廊下を歩いていくと、女将がやってきた。

「おかえりなさいませ」

「ども」

「お連れ様は先に湯殿へ向かわれましたよ」

「さいですか。洗面所……手洗い場に案内してもらえますか」


 俺もひとっ風呂と思ったが、あいつとのハプニングなんて御免こうむるので、あいつが出てくるのを待とう。あいつの体にまったく興味がないわけではないが……いや、やっぱりよそう。天罰が下りそうだし。


 軽く手や顔を洗い、女将から布を受け取りながら飯の用意を頼む。

「もう一人の女の子はどうしてました?」

 部屋に戻る道すがら、マオの様子を聞いてみた。


「それが、ずっと思いつめた顔をして外を見ていまして」

「今まで……ずっと?」

 定年退職して暇を持て余した老人でもあるまいし。


「ええ。このあたりの名所や地理を説明したのですが、あまり興味がないようで」

「そうなんですか」

 むしろウキウキルンルンで散歩しそうなもんだが。ホームシックかな。


「それでは私はお夕飯のご用意をして参りますので」

「ああ、どうも」

 一礼して去っていく女将から、ふすまに目を向ける。


「帰ったぞい」

 申し訳程度にノックをしてから入る。

「…………」

 そこにははたしてマオがいて、彼女は旅館にありがちな〔窓付近によくある椅子〕に腰掛けて、暮れなずむ空を見ていた。


 こちらを向く表情は物憂げで、それはそれで絵になるというか、美しさみたいなものがあって、女子のそういうのには疎い俺は無意識に息をのんでいた。

 数秒――体感的には数分くらい――時が止まったように、俺とマオは無言で相手を見ていた。先に耐えられず目をそらしたのは俺だ。


「ずっとここにいたんだって?」

 とりあえず話題をふってみる。

「…………はい」

「お、おう。そっか」


 重く沈んだ声。

 なんだろうな。何かに失望したような、この先いっさいの望みがないかのようなダウナー感。

 これ、どっかで……


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