第22話
「なんというか……大漁ですか?」
「ぼちぼちと言ったところですかね」
彼の視線につられて、俺も少し離れたところにある台を見る。簡素な作りの木の台には、土にまみれた大小があった。
「泥の塊なんて集めてるのか」
トンチンカンなバカギャルに俺は呆れ、彼は苦笑した。
「このあと付着した土を落として、それから洗浄です」
「ふーん。で、中はなに?」
「ええと……」
答えに窮するご主人に俺は心底同情した。
それをこれから調べるんだろうが……
「ご覧の通り、学問というより、道楽なんですよね」
その辺の岩に腰おろした彼は、腰に引っ掛けた布で顔を拭う。「また『道楽』か」と隣でつぶやく声があった。
「他に仲間は――皆無というわけではないんですが、学会と呼ぶにはとてもとても――いなくて、人員も予算もまったくありません。結局稼ぎは家内頼みで、教団で働いていた頃の蓄えを崩している始末」
「教団で働いていたんですか」
「ここの教会でしがない神父を。もっとも、もう破門された身です」
「そりゃあ……そうでしょうね」
「表立って弾圧されないだけマシなんでしょうね。地元の信者とは昔からの付き合いですし。そこでの義理で、見て見ぬ振りしてもらっているといった立ち位置です」
自嘲するような苦笑であったが、後悔はなさそうだった。
「あの……きっともう、何十回も聞かれてると思いますけど、どうしてこんなことしてるんですか。神父様なら尚更」
「あなたは、世界が神によって作られたと思いますか」
にわかに帯びた真剣味に、俺は少したじろいた。ややあって、隣のギャルをチラ見してから、
「いえ……そういう考えもありだとは思いますが……」
すると彼は頬を緩めた。これは正解か、それとも。
「私は、それがずっと世界の真実だと思っていました」
そりゃそうだろう。
俺は無意識にうなずく。
そうでなけりゃ神父なんてやらないさ。
「でも、今では――いえ、あの時から、そうではないのもしれないと思うようになりました」
神父は一度、雄大な青空を見上げた。それから地面に視線を落下させる。
「転機……分岐点は、ここでした」
『昔々、といっても十年くらい前。
あるところに神父様がいらっしゃった。神父様は敬虔な信徒であり、生まれてこの方信仰に疑いなどもってはおりませんでした。
しかしある日、街の外れを歩いていると、奇妙なものを見つけました。それは、今の文明においてあまりに異質で、かといって教典にもまったく記述がない、未知の産物でした。
神父様は、この世にはまったく別の、それは今まで自分の信じた神が作ったものとは別のものだと確信しました。
神父様にとって、それは世界の革命でした。
神が作ったはずのないもの。それはすなわち、世界は神の埒外にあるのではないかと。
神が世界を作ったのではない。
世界の片隅で神というものを人が作り祀り上げただけなのではないかと。
その気付きは、まさしく――皮肉なことに――天啓であったかもしれません。
神を疑った神父様は、もはや人々に説教や布教などできません。
教典を持っていたその手には、クワが握られていました。
めでたしめでたし』
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