第20話

「ええとですね……」

 言いあぐねる女将に、俺は笑ってみせる。

「何分、土地勘のない田舎者でして。事情を聞いても撤回する気はございませんので、話していただけると」


「トモノヒ教の方ではないんですか?」

 なんでここでトモノヒ教の話になる? とりあえずここは素直に否定しておこう。

「俺とこいつは違います。トモノヒ教の存在も今朝聞いたばかりで」

 すると女将は大層驚いた顔をし、それから得心が行ったという顔になった。

「少し長くなりますので」


 部屋にあった高そうなちゃぶ台と分厚い座布団に促された俺らはおとなしく座る。ややあって、戻ってきた女将が持ってきた湯呑が卓上に並ぶ。湯呑といっても木でできたカップだが。なんというか、さっきからちょいちょいなりきれないというか、再現しきれてない箇所があるような。


「見ての通り、この宿は一般のものとは違います。遺跡から出土した技術や遺物をもとに再現したものです。夫が街外れの遺跡でいつも調査しているもので……」

「それがトモノヒ教の教義に反するんですね」

 女将は顔を伏せるようにうなずいた。


 異端技術……ロストテクノロジー……。それが大衆宗教にとっては鼻つまみ者なのだろう。下手をしたら、民衆の価値観を一気にひっくり返すことになるだろうしな。

「表立って異教徒といった扱いは受けませんが、それでも主人と私は破門されました。教会の援助や信任が受けられない以上、独自で生計を立てる必要がありますが……これが中々」


「遺跡の産物で商売を……たとえばこの旅館もですが、信者には受けが悪いでしょうね」

「ええ……地元の方は寄り付きませんし、冒険家の方も教会を使われますから……」

「自然、宿泊客は無神論者か破門者か……俺たちみたいな田舎者か物好きでしょうね」


 要するに、教団は研究をやめろと言っているのだ。大多数が信仰してる宗教が、これは異端だ・禁忌だと暗に示せば、ジリ貧になって頓挫するのは火を見るより明らかだ。

「ええ、まあ……」

 沈痛な面持ちの女将に、俺は無理して笑ってみせた。


「ところで」

 このままだと女将の苦労話になりそうだ。その路線だと辛気臭いだけだし、俺は気になったことを聞いてみることにした。

「遺跡から出てきたのは、こういう技術……こういう宿の作り方だけですか」

「今の所はそうだと聞いています」

「……そうですか」


 俺はふと思ったことを口にした。

「その中に、細身の剣がありませんでしたか。こう、持ち手のところに円形の飾りがあるような。鞘と呼ばれるケースに入っていて……」


 女将の顔は、狐につままれたような、占い師に自分の半生をぴたりと言い当てられたようなそれだ。

「主人が、最近そのようなものを……まだ洗っても研いでもいませんが」

「それは刀と呼ばれるものです」

「カタナ……」

「武士と呼ばれた人たちの持っていた武器です。魂と表現されることもあります」

「あなたは……」

「ごちそうさまです」

 空になった木製湯呑を置いて、俺は会話を打ち切った。

「夕飯までには戻ります」

 立ち上がり、滑りの悪いふすまを開く。

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