第19話

「ここを宿泊地とする!」

 俺はとある宿を前にそう宣言した。

「……別にいいけどさ」

 ミツルは「まあこれを見かけたときには察してましたけど」みたいな感じで了承した。


 伝統的な庭園、水を流してカコーンってなる竹のあれ、障子、縁側……

 純和風の旅館は、日本人の俺の感性にティンときた。

「こういうとこって高いんじゃねえの」

「そりゃ元からの価値観じゃ、そこらのビジホやカプセルホテルの方が安いけど……」

 この世界もそうだという決まりはないだろう。


「いやーようこそ、おいでくださいました」

 ガラリと引き戸を開いた途端、めちゃくちゃ暇そうな女将が走ってきた。

「3人で……あ、宿泊で」


「はいはい。それではこのお値段でどうでございましょう」

 懐に抱えていた値段表は、赤字と二重線で何度も値下げした跡がある。

「やっす」

 ミツルが驚くのも無理はない。昨日の宿の半値以下だ。


「あー……」

 俺はその、あかぎれやマメで荒れた手を見つつ、

「その3割増しでいいんで、あんじょう頼みます」

 すると女将は大層喜んで最高級の部屋を案内してくれた。それにしても玄関から廊下は石と土で出来てるのか。靴を脱ぐ習慣がないからか、それとも……


「らしくねえな」

 先導する女将の後を追う俺の横で、ミツルがつぶやいた。

「安いなら安い方法、その上で更に値切るタイプだと思ってた」

「差額は俺の懐から出すさ」

「そういうこと言ってんじゃねえよ」

「まあ、あんな苦労してる姿見せられるとさ」

 さっき言われた『親孝行』ってのを引きずってるのかもな。


「演技かキャラ付けかもよ」

「そうは見えなかったが、それでもいいさ。そうだな、これは道楽だ」

「道楽……」

 ミツルは興味なさそうに自身のネイルをすり合わせた。

「実に人間らしい行動だな」

「そうかい」

「ああ、実に人間らしい」

 神の孫娘は廊下から見える日本庭園に目を向ける。


「だからあんな死に方をする」

「お前それは知らなかったはずじゃ……あ、いや」

 知る機会なら、つい最近あった。


「お前、寝たふりして聞いてやがったな」

 その真偽を問いただそうとしたが、女将が部屋に到着し説明を始めたのでやめた。

「この部屋は当旅館一番の人気でして」

「の割には、あまり使われた形跡はないようだけど」ミツルは室内を見回す。


 まるで高級料亭の一室を再現しましたといった感じの一室は、畳の代わりに板張りなのが気になるが、清掃は完璧といったところだ。

 だが……

 人が使ったという、ある種のくたびれがほとんどなかった。

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