第17話(第3章)

「ついたぞー」

 気だるげな乗り手の声に、俺とミツルは我先へと馬車から駆け下りた。二人揃って真っ青な顔で口を両手で抑えている。


 目と鼻の先に整備された川を見つけた俺達は、示し合わせたようにそこへ駆け寄り、顔を突き出し、そして――

「うえええええ」

「おろろろろろ」

 投下。


「あらら。きみたち、酔ったの」

 運転手のおっちゃんの呑気な声をバックに、俺とミツルは眼下で跳ねる魚に餌をやっていた。

「荷台は汚してないよな。荷物まで汚したら弁償だぞ」


「あ、その点は大丈夫でございます」

 遅れて出てきたマオも呑気に答えた。

「お二人ともそれだけは死守しましたから」


「ならいいんだけど」

 よくねえよ。

 俺はそうツッコミたかった。隣の嘔吐ギャルも同じ気持ちだと思う。窓もない湿気った換気性皆無の空間で何度もシェイクされていたら、こうもなる。


「きみたち、なんでまた貨物便に便乗してるの? スラーオから出戻ったのもそうだけど、変わってるな」

「王都ビギンへ向かっているのです」

「そらまた酔狂な。今更勇者登録でもしに行くの?」


「勇者?」

 そこで復帰した俺が会話に加わる。

「勇者ってのは、どうやってなるんだ」

 今のうちに確認しておこう。この世界での勇者の成り立ちを。

 

「一般的には、勇者発祥の地と呼ばれる王都ビギンで宣誓するな。魔族の討伐、王政への服従……まあそんなところだ」

 グロッキーになってるミツルはほっといて、俺はうんうん頷く。


「つまりそこで勇者だと宣言すれば勇者になれるわけか」

「社会的には……形的にはな。いくらかの手数料を払って勇者名簿に名前が載る。それだけだ。観光客が記念にやっていくのもザラだ」

「なんか軽いな」

「そりゃ勇者ってのは飾りの名だからね。誰でも取れて思い出になる。お国としては手数料で小遣い稼ぎになる。そのくらいだ。正直、あの街で登録しなくても勇者だと名乗れば誰でも勇者だよ。勇者名簿なんていちいち確認するほどの暇人なんていないからね」


「なーんだ」

 厳しい試験があるとか、許可なく名乗ったら投獄されるとか、そういうパターンじゃなくてよかった。


 ただし、と腕まくりをしたおっさんは続ける。

「実際に活動するなら別だ。教会で洗礼を受けなきゃいけない」

「なんで?」

「そうすることで各地にあるトモノヒ教の拠点や信者が手助けしてくれるからな。宿泊はもちろん、各種支援や優遇措置、いたれりつくせりさ。教団としてはその程度で魔王を倒してくれるなら安いもの。信者としては徳が積める。良いことづくめだわな」

「なるほどなーうまくできてる」

「ただ教団の指示に従わなかったり、不適格だと認められると破門されるからな。勇者失格の烙印押されると一転して村八分よ。きついぞ」

「嫌に詳しいな」

 生々しいというか、リアリティがあるというか。

「何を隠そう。この中年も昔勇者を名乗ってたクチでな」

 マジかよ。

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