第12話

 マオが窓を開ける。なんちゃって引きこもりには辛い朝日と爽やか風が入ってきた。

「お祈りをしましょう」

 その提案に、俺とミツルは渋い顔をした。


 どちらも、祈り先がない。

「アーシはいいや」

 神の孫娘は辞退の声をあげた。こいつの場合、神様に何か用があるなら、そんなまどろっこしいことしなくても直で言えばいいだけだしな。


「俺も……」

 そして俺は多分にもれず、これといった信仰先はない。神様と対面しなければ、無神論者であったかもしれない。現世じゃ神も仏もない有り様だったからな。


「でもでも、神様に感謝はすべきだと思いますよ」

「感謝って、何を」

「今日、無事に朝を迎えられたことにでございます。そして、明日も朝を迎えられるようお願いするのです」

「OH……」


 眩しい。眩しすぎる。朝日を背後に浴びたのもあってか、その眩しさに二人して目の前に手をかざして日陰を作る。

「おい、祈るぞ」

「は?」


 俺たちに背を向け、窓辺で指を組み合わせてるマオに聞こえない音量で話す。

「別に神のおかげで朝が迎えられてるわけじゃねーぞ」

「そんなことはこの際どうでもいいんだよ。気まずいだろ」

「異教徒どうこうで騒ぐやつには見えねーが。布教する気もなさそうだし」

「違う。もっと根源的な問題だ。なんか孤立したみてえで辛いんだよ。見てる方も、見られてる方も」

「さすがボッチくん。経験者は語るなぁ」

「ボッチくん言うな。いいからマネしろ」

「チッ。しゃーねーな」


 面倒そうにボリボリ頭をかいて、渋々ながらもミツルは俺に合わせた。

 両脇で祈るマネをする男女を見て、マオはぱっと顔を輝かせた。

 これでいいんだ。これで……

 祈る相手は神じゃない。ただ目の前の少女が喜んでくれれば、それでいいんだ。



「トモノヒ教?」

「はい。それが主たる宗教であり、人と魔の区別なく、普遍的に信仰されております。この世界は神が創造・統治していて、信仰に背き教義に反すれば天罰が下ると言われております」


 宿屋一階のロビー兼レストランで、向かいに座るマオは熱弁する。

 俺はちらりと隣のミツルを見る。開いたメニューを見たまんま、こいつは『ないない』と片手を振って否定した。


「知らなかったのですか?」

「あー俺たちは辺境の地というか、とんでもなく遠いところから転移してきたから……」

「なるほど。どうりで変わった格好をしておりますね」


 まあ、このヤマンバギャルは現地でも変わった格好扱いだったけどな。

「字は読めるけど……まるで内容わかんねえな」

 雑に渡されたメニュー表を見る。


 ●リーザドのしっぽ焼き  

 ●ぴんたん煮 

 ●アイズ焼き 

 ●トドードいため

  etc…… 


 …………どれもこれもヤバそうなもんばかりだ。メニューになってるからには、食えるのではあろうが……

「クレープとかーワッフルとかーそういうのないワケー?」

「あるわけねえだろ」

「じゃあ菓子パンで我慢するからさー」


 いったい何を我慢したのだろうか。

 どれもこの世界に存在しないのだろうな、とマオのちんぷんかんぷんそうな顔を見て察する。


「腹へったー死ぬー」

 別にこいつが飢えようが何しようが知ったことではないが、見殺しにするとガチの天罰が来そうだしなぁ。


 俺は店員を呼び寄せ、いくつか確認する。すると予想の範疇の答えだったので、ある注文をした。

「あによ。なに頼んだのよ」

「いいから待ってろ」

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