第8話
クラスの連中の目は冷ややかで、それが初対面ゆえの固さだとそいつが思ってたのは、若気の至りというやつだったのか、あるいはコミュ力不足による誤信だったのか。
『うざ……』
前々からブツクサ言っているガラの悪い女子が吐き捨てた。とりあえず、そいつはその時からギャルという人種が決定的に嫌いになった。どう考えてもこの手の輩を敬遠するようになったのは、やはりこの頃のことが原因であろう。
まあそれでも、何割かの連中は、わずかながら期待の要素をそいつに持っていたようで、最初は何事もなく回っていたんだ。クラス単位の行事やら連絡やらは、曲がりなりにも学級委員長であるそいつを経由するわけだからな。事務的であっても、会話はせざるを得ない。
しかしだ、何の経験もないやつが、集団をコントロールできるわけもない。徐々にボロがでてきた。それは負の実績として、確実にそいつへのヘイトに変わっていったのだ。
『あいつ使えねえ』
『でも面倒事引き受けてくれてるわけだし』
『結局処理できなくてこっちが迷惑してんじゃん』
数週間たち、そんな愚痴が聞こえてくるようになった。さすがのそいつも危機感を覚えた。なんとか挽回しようと思った。だが、そもそも挽回できる能力があればこんなことにはなっていないわけで。結局、どんどん空回りしていくだけであった。
『ったくうざ……』
『死ね』
やはりギャルは嫌いであった。奴らはとくになにか貢献するでもなく、人のやることなすことケチをつけ、自分の誰得の外見と趣味に労力を全振りするからである。
新体制になってから二ヶ月くらいが経ち、体育祭のシーズンになると、そいつのポジションはだいたいはっきりしていた。
『ついに待ちに待った体育祭! テッペン取ろうぜてめえら!』
『…………』
『…………』
『…………』
うるさいだけ。口先だけの役立たず。産廃……ゴミ……。
クラス全体の厄介者である。
このあたりから、クラスの連中はそいつに無関心になり、一部は敵意を持つようになった。無視は当たり前、下駄箱にイタズラされるのは当たり前、机の中にはゴミや虫が詰まっているのも当たり前。
結局、自分が属するグループどころか、友人の一人さえ、そいつにはなかった。
得られたのは迫害される毎日で、苦痛の日々であった。
いつからか、そいつは学校に行かなくなった。クラスでの付き合いはもとより、勉強すら手につかなくなったのだ。学校生活のことを考えるだけで気持ち悪くなり、吐き気がした。親には腹痛だ風邪だと言い訳を並べて、登校の時間帯は布団の中で過ごし、昼間は外をあてもなくぶらついた。下校の時間帯には家に戻り、同じ学校のやつと遭遇しないように過ごした。
そいつはどこで間違えたのか、どうすれば正解だったのかわからなかった。ただ自分は、皆と仲良くなりたかっただけだ。それなのに気がつけば、その皆は自分を傷つけ、追い詰めた。自分への侮蔑、嘲笑……悪意が、ともすれば憎悪が、はっきりとあった。
努力を無意味とは思わなかったが、これから先、どう努力すればいいかわからなかった。ただ時が流れていくだけだ。そのまま死んで消えれば、すべては終わるのだろう。その時まで、自分は待っていればいいのか。
それが結論なのだろうか。
自分自身、わからなかった。
同年代が勉学だ部活だと人生を謳歌している間、そいつはひたすらそれとは無関係に過ごした。意味もなくさまよい、人目を避けて歩く。家ではゲームやアニメで時間をすり潰し、空想の世界に逃げた。
そいつは、もう何も期待なんてしていなかった。
少なくとも、この人生と――
――この世界には。
《本日のニュースです。
リモコンを置いたそいつは沈黙したテレビを背に部屋を出ていく。ここに戻ることはないと、そいつはまだ知らなかった。
そいつが街をぶらつくのは、転機を待っていたのだろうか。この状況を変えるなにかを。だとすれば、少なくともそれは学校にはないから、もっと広い社会というものに求めたのだろう。
そいつはパーカーのフードを被ってマスクをし、伊達メガネをかけていた。そいつは一応まだ学生であったので、日中に市街をうろつくことへの補導や質問をされるのが面倒だったからだ。要するに学生なのに学校にいないのはおかしいだろって怒られるのを嫌ったんだ。それもあって、表通りは避けた。もっぱら、ひとけのない路地裏ばかりだった。人目につかない、なにかよからぬことをするにはうってつけの場所。
だからこそ、そいつは転機というものに直面した。
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