第7話(第2章)

 そいつはまあ、そこそこの家庭で育ったのさ。

 とりあえず衣食住には困らなくて、一応は親の庇護のもとで暮らしていける。

 ただ、父も母も夫・妻に無関心で、子供の相手より仕事の方が楽しそうだった。もっと言えば、家庭の逃げ場として仕事に打ち込んでいたのかもしれない。


 だからかな。その二人の子供のそいつが中学――中級の学校ってところかな――でうまくいってなくて、周囲と馴染めなくても、とりあえず落第せず登校していれば問題なしと判断していたんだろう。


 そいつは、運動も勉強もとことん悪いというわけじゃなかった。それがよくなかったのかもしれない。極端にどっちか悪ければ、そういうキャラでやっていけるというか、そういうやつが属せるグループがあったかもな。どれもこれも中の下で、どっちつかずで、受け身で、積極的に何かをやるようなやつじゃなかった。誰かに誘われることを期待して、ただ無為に過ごしていた。そうしてるうちに、他のやつらは他のやつらで仲良くなって、絆を深めていったのにな。


 気がつけば、そいつは孤立していた。

 学校の皆が、悪意をもってそうしたわけじゃない。いつの間にかそいつだけ群れにいなかったんだ。でもそれは当然だったんだ。何かあるわけでもない、面白くもなんともないやつが、行動を起こすこともなく、ただ存在だけしていた。そんなやつと仲良くなる理由なんてないわな。そいつはそれでも何かしようとはしなかった。状況が、環境が、なんとかしてくれると思っていたんだ。


 いや、思い込みたかったんだ。

 そう思い込んで、逃げたんだ。自分から他人と向き合ったり、他人と関わり合ったりすることを。傷ついたり、否定されるのが怖かったのかもしれない。だから、安易に時間が解決してくれるだろうと思って、結局そいつは何もしなかったんだな。それが処世術として、正しかったのかはわからない。


 ただ言えるのは、中学を卒業する時、そいつには何の思い出もなかったし、周りには誰もいなかったんだ。

 悲しみ……虚しさ……まあ要するに、ろくな印象はなかったんだろう。そいつは進学を機に、変わろうとした。今度は自分から動いて、他人と関わろうとしたんだ。

 そこで、努力の方向性を間違えた。



『ういーっす。――――です! 皆よろしくじゃ~ん!』

 髪型をいじって、無理してテンション高いキャラを演じてみた。

 クラスの連中は特に反応するでもなく、一瞥するだけだった。


『なにあれ』

『ダッサ……』

 ヒソヒソと声がして、嘲笑も聞こえてきて、ウケてないのだけはわかった。


 クラスが決まって、自己紹介早々、歓迎されていないのはわかった。それでもそいつは諦めなかった。諦めたらどういう結末か、もう経験済みだからな。それは嫌だったから、続けたんだ。


 最初はこんなんでも、そのうち周囲と打ち解けられるって期待したんだ。

 自分にも友達ができて、自然と所属するグループができて……そういう流れを、期待したんだ。


 今思えば、他人に依存していたんだな。

 他人が自分に好意的である義理も保証も、何もないのに。


『えー、自己紹介も終わったことだし、次は学級委員長でも決めるか。誰か立候補するか』

『うぃっす! 俺っす! 俺やるっす!』

 教師の言葉に、そいつはいの一番で手を挙げた。これまでの経験から、その手の役職はクラスの中心人物がやっていたからな。


『他には……』

 教師が見回すが、他の奴らは目を伏せたり視線をそらす。そりゃ委員会なんて面倒事は避けたいだろう。そいつも今までそうだったからな。


『……じゃあ頼むぞ。次に文化委員と体育委員だが……』

『はいはい! それも』

『気持ちはありがたいが兼任は無理なんだ。他には……』


 そういうわけで、そいつは学級委員長になり、立場上はクラスの長になったわけだ。ただ、そいつは勘違いをしていてな。クラスの中心になれるようなやつが、その人望で学級委員長だのリーダーだのになるのであって、学級委員長になったからといって、クラスのまとめ役や人気者になれるわけではないのだ。


『俺が学級委員長になったからには、このクラスを明るく楽しいものにしていくんで、よろしくぅ!』

 教壇に立ち、そんなことをのたまった。そんな能力も腹案もないのにな。

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