第6話
炎そのものをイメージするからブレるんだ。だったら、火をつける道具から始めればいい。百円そこらで売っている、あのプラスチックの安っぽいライター。それをシュボッと点けるイメージだ。
「あ、もうちょっとですよ」
人差し指の先、その数平方センチの空間が、わずかに揺れる。まるで蜃気楼だ。
「魔力によって空間が干渉され、イメージが具現化されようとしているのでございます」
ぐぬぬと力んでみる。
「筋肉に力を入れるのではなく、頭から絞り出して、押し出す感じでございます」
「えいやー!」
指先に一瞬ではあるが、火が灯ったような気がした。ガスの抜けかかった、赤ん坊の小指大の火だ。
「やった! やりましたよ!」
ゼエゼエ息をする俺は、マオの喜びにつられて笑う。どうやら、確かに火はついたらしい。
「こんなの毎回……しんどいな……」
「慣れれば無駄な力を使わずに済みますし、もっと楽になりますよ。大切なことは諦めずに続けていくことです」
「OK、コーチ」
額の汗を腕で拭って、膝をつく。意識が遠い……ぼんやりする……
「魔力は精神力、心の力でございます。消耗すれば、それだけ意識を保つことが難しくなります」
マオの差し出された手を取って、そのままベッドに横になる。
「魔力には限界がございますし、今夜はこのまま休んで回復しましょう」
反論する理由も気力もない。俺は黙ってうなずいた。あー動きたくねえ。夏休みの最終日に徹夜で宿題やって燃え尽きた感覚に近い。毎年ひどい目に遭って計画的にやっていればと後悔するのに毎年最後まで後回しにするんだよな。
「それでは、おやすみなさい」
「ああ」
俺に布団をかけて、マオがその横に潜り込む。布団の中から腕を伸ばした彼女が、天井中央のランタンに向けて人差し指を振る。するとたちどころに灯りは消え、室内は闇となった。便利だな、魔法。
…………。
…………。
…………。
はて。
あまり働かない頭で、ようやく気づく。
自然な流れで添い寝してきたぞ、この子。
「なんだか興奮して眠れません」
えっ。
ちょっとまって。
この子、そういう系なの?
はめるつもりがはめられたの? いや、はめる気は……まったくないとは言えんな。
「同じくらいの歳の人たちと、こうやってお泊り……本当に憧れだったのです」
……ああ、そういうことね。そういえばさっきそんなこと言ってたね。
がっかりしたような、ほっとしたような……
「学校でこういうのなかったか?」
異世界の学校のカリキュラムはわからんからな。そもそもそういう施設があるのかすらまちまちだ。
「私はずっと家庭教師でしたので」
そういうパターンね。そういや箱入り娘だったもんな。
「だから興味あるのです、学校というものが。聞かせてもらえないでしょうか」
首を動かすのもおっくうで、彼女がどんな顔をしているかわからない。けれど、きっと瞳をキラキラさせてるんだと、なんとなく察した。
「…………そうだな」
俺は、少し迷った。
俺の語る【学校】は、彼女の期待するようなものでないと、容易に想像がついたから。
あの残酷で、あの理不尽で、あのどうしようもない世界を語ったところで、彼女は喜ばないだろう。無論、『楽しいところだよ』と当たり障りのない言葉で表すことはできる。容易い。
しかしそれは、マオに対する裏切りのように思えた。
なにより、それは俺がここへ来た理由、ひいては俺自身への否定に思えた。
「じゃあ、寝る前に昔話を聞かせよう」
だから語ろう。
「昔話といっても、割と最近のことだけど」
何も隠さず真実を。
感じてきた現実を。
「一人の男の、惨めで哀れな話さ」
現世で否応なく綴った俺の物語を。
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