第5話

「呪文っていらないのか?」

 とりあえず話題を変えよう。このままではコンプレックスなんてレベルじゃねえもんに押し潰されそうだ。


「いらないとまでは言いませんが」

 自分のベッドに腰掛けたマオは杖を壁に立てかける。


「魔法とは、自身のイメージを魔力というエネルギーで具現化することでございます。つまり、自分の中でのイメージが確たるもので、そちらを具現化するに必要な魔力さえあれば、問題はございません」

 ですが、と大魔道士は続ける。

「イメージというものは、それ単体ではあまりに不確定で弱々しいものでございます。不慣れ、練度の足りないものがやろうとしても、すぐにはコントロールできないでしょう。そうなれば詠唱を介することで、対象のイメージを固定化・具体化する必要は出てきます。無論、それは必要がない熟練者であっても、補助としての機能を果たします」


 補助輪のようなものか。最初から補助輪なしで自転車を運転できるやつはいない。いや、中にはできるやつもいるだろうが、それは才能があったからというだけで、大多数は補助輪や後ろで支えてもらって覚えるものだ。補助輪を卒業したやつだって、補助輪使った方が転ばないに決まっている。


「つまり慣れるまでは魔法を唱えなきゃならないし、慣れても唱えるに越したことはないと」

「はい。発動と詠唱はほとんどタイムラグがございませんし、隠密行動でもなければ特に不利にはならないかと」

 一言でいいわけだからな。


「なんというか、前口上が長いパターンがあるだろ? あれって」

「補助の機能を最大限に活かす場合か、魔法の発動にそれだけの溜めが必要な場合ですね」

 前者は強化要素、後者は必要条件か。盾持ちのいないこのパーティーじゃ危なっかしいな。ていうか無職二人に魔法使い一人ってパーティーとして成立してねえ……


「今から覚える魔法は初級魔法ですから、今は気にしなくてもよいかと」

「そうだな」

 このあと高火力のやつが仲間になるかもしれないしな。ああだこうだ心配しても詮無い。とりあえずやれることはやっておこう。


「まず炎をイメージしてください。それから、指の先にその炎が出てくると思ってください」

 人差し指を立てて、そこをじっと見る。炎ね……


「対象のイメージを固定化し、その固定されたイメージを特定の場所へ具現化するのです」

 指が燃えるではなく、指先に炎が出てくると思えばいいのかな。


「イメージが曖昧であれば、その分無駄になる魔力が出てきます。過度なイメージであれば、消費する魔力が大きくなり持っている魔力が足りなくなります」

 俺は先程見た火球を思い出す。あれは無理だな。ああ、そんなこと考えてるとどんどんイメージが……


「難しいなこれ」

 剣でも振ってた方が肉体的にはキツいだろうがわかりやすい。

「慣れれば簡単にできますよ」


 マオは両手を見せる。その手を覆うように火が灯った。

「私は苦手なので手全体を覆ってしまいますが、熟練者は指先に一つ一つ炎を個別に出すことができます」


 まるでライターだ。熱くないの?

 ん? ライター?

「少しとっかかりがつかめたかも」


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