第2話

『世界は大きく2つに分かれていた。

 魔物を主とする魔族。

 人間を主とする人類。

 人類は勇者を象徴とし、魔族は魔王を頂点とする。

 解決を見ることなく、互いに血を流し続けた歴史が今日まで何百年と続いている』


 ……らしい。


 どうにかこうにかマオから聞き出した話をまとめるとこうだ。うむ、実にテンプレだ。


「で、どうするんよ」

「何はともあれ街にでもいくさ。……少し休んだら」

 ごろんと寝返りをうつ。マオのほっそりとしつつも柔らかいお腹に顔をあてて「んごごご」もうこれだけで転生したかいがある。


「テメェ。とっとと行くぞ」

「ぐえー」

 ミツルに首根っこを掴んで引きずられる。こいつ的には俺を戦場に放り込んだ方が好都合だもんな。


「マオ、案内しな」

 俺が言うのもなんだが馴れ馴れしいなこいつ。今会ったばかりなのにマオを顎で使ってやがる。ギャルの距離感ぱねぇ。

「あの、でも私には仕事が」

「仕事?」

 かわいそうに。その歳でもう社会人か。新人のOLとして日々苦労してるんだろうな。俺は不意に目頭が熱くなった。


「はい。どなたかがいらっしゃると大広間で座って待機していたり、どなたもいらっしゃらなければ魔法の練習をしたり。たまに杖の手入れなんかも」


 天下りかな? 


 出そうだった涙が引っ込んだぞ。


「じゃあヒマなんでしょ。付き合いな」

「でも」

「行こーよー」

 ここはこのギャルの話に乗っかろう。マオいないとにっちもさっちもいかないし、このギャルと二人で珍道中とか誰得だ。そしてなにより俺の冒険には癒やしとぬくもりが欲しい。


「どっか行きたいところないの? 一緒に行こうよ」

 別に急いで魔王倒しに行かなくてもいいし。あくまで魔王倒すつもりですという建前だ。目的もなくプラプラしてますじゃ体裁悪いし。


 とりあえずこの世界に慣れるところから始めないと。俺が本当にやりたいことはそのうち見つかるさ。


「でしたら……」

 立ち膝になったマオは少し考え込むように――苦悩するように顔を伏せる。やがて何かを決意したような瞳を見せて立ち上がり、

「行きたい場所があるんです」


 熱と力のこもった声で、


「そこになら、きっと私の求める答えがあるはずなんです」


 俺はそれに笑って応えた。

「行こう!」

 彼女の願いを自分が叶えられるかもしれない。それがなんだか嬉しかった。自分でも役に立てるんだと――今度こそ、誰かに必要とされるんだと期待した。努力の方向性を間違えずに済むかもしれないと期待した。



 それがとんでもない選択であったと、

 それでも一切後悔することのない選択であったと、

 後の俺たちは知ることになる。



「部屋を出ますと廊下がございます。そちらを抜けると大広間に出ます。今の時間は巡回している者も特にいないので、そのまま出られると思います」

 まるで空き巣だな。……いや、空き巣だわな。

 マオを先頭に抜き足差し足忍び足で部屋を出る。マオの部屋を見てなんとなく察したが、ここはかなりのお屋敷のようだ。デザインやインテリアからして一般庶民など望むべくもないものばかりだ。これが上級国民というやつか。


「こんなコソコソ行かなくてもよくない?」

 ヒソヒソとミツルが話しかけてきた。

「別に遊びに行くくらいいいじゃん」

「バカタレ。お前と一緒にするな。どう見ても家からろくに出たこともない箱入り娘だぞ。見つかったら即連れ戻されるに決まってる。場合によっちゃバトルが発生する展開だぞ」

「ハァ? バトりたくねえし」

「だろ? 俺らなんてまだ装備どころか自分のアビリティやステータスもわかってないんだぞ。チュートリアルバトルするにしても、もう少し先にしとくに越したことないだろ」

 ここがゲームと違うところ。さすがにある程度の展開は俺の選択でどうにかなるはず。もっとも、さっきは選択する暇もなく死にかけたが。


「こちらが大広間でございます」

 マオが人差し指を自身の唇に当てつつ、もう片方の手でゆっくりと重苦しく分厚い扉を開いていく。

 体育館を思い浮かべてほしい。そこに赤絨毯を敷き詰めて、バカでっかいシャンデリアを吊るす。壁にはご立派な絵画や石像が並んでいる。

 大広間は、そんな感じであった。

 ここ、本当に民家?


 マオは誰もいないことを確認してから、ここからほど近いところに置かれた椅子に駆け寄る。ちょうど、今いる位置から向こう側にある扉からは椅子が影になっていて、マオの部屋への扉を隠す位置取りだ。つまり、来訪者が使うであろうドアから入ってきても、マオの部屋に通じる扉がどこにあるかは見えないのだ。


「ここにいつも座っているんですよ、私」

 ぽんぽんと叩いて自慢げである。たしかにその椅子は大層立派であり、自慢したくなるのも頷けた。大きさはもちろん、背もたれや肘掛けにこれでもかと施された彫刻。造形もこれまた高名な芸術家がいかにも腕を振るいましたといったたたずまいで、クッションも高そう。骨組みの部分は全部純金か? さすがにメッキではないだろうし……。


「おい、どした」

 ふと横を見ると、ミツルが固まっている。ついでに言うと、ダラダラと汗を流して椅子とその主を見ている。

「貧富の差でも感じてんのか。お前の家って見た感じ狭いし『THE・和』って感じだったもんな」

「そうじゃない……」

「?」

「いや……なんでもない……言ってどうなるものでもない……」

 ああ、そう。

 さてどうすっかな。ここらへん漁ったらなんかアイテムありそうだな。マオの部屋ではさすがに自重したけど、先のこと考えると、ここらへんで金目のものでもいただいて……。


 俺が名実ともに空き巣として金策に走ろうとしていると、奥の扉が乱暴に開いた。オイオイオイ誰か来たぞ。


 火柱があった。


 第一印象はこれだ。成人男性一人くらいの大きさの丸太を炎上させたら、こういう炎の塊になるかもしれない。

「火事?」

 いち早く消化器を探す俺。そこで汗かきマシーンから我に返るミツル。

「ロミーネ……」

 マオのつぶやきに、二人揃って反応した。

 炎の塊から手足が生えた。と思えば、前傾姿勢になり、さらに猛獣の頭部のような造形ができた。

 ライオンが炎上でもしたらこうなるかもな。


「敵? モンスター?」

「だろうな」

 チュートリアル入ったかー。もう少し後にしたかった。こっち丸腰だし。

《貴様ら、その娘をどうするつもりだ》

 あ、喋った。どっから声出してんだこいつ。

「あ? 街の案内させんだよ――――いって!」

 俺は思わず肘でバカなギャルのわき腹を突いた。

「バカタレ! 正直に話すやつがあるか。『たまたま迷い込んでお世話になってました』とかごまかせ」

「こんなところまで来てそんなので騙せるわけねえだろ……」


《この賊が! 消し炭にしてくれる!》

 燃えるライオンが文字通り火を吹き、十数メートル離れてるこっちまで熱くなってくる。物理的な意味で。

 アカン、これ強制バトルや。

「おいチャラ男、このあとの展開は」

「チャラ男言うな。まあ見た目はともかく、丸腰だけど倒せる程度の雑魚だ、こんなの。そこから戦闘のイロハをだな」

 この手のは最悪素手でもなんとかなる強さと相場が決まってる。

《我は魔王四魔精よんませい――――灼熱炎魔しゃくねつえんま! 我が炎が貴様らを焦土へ変えてくれる!》


 初手からヤベーのが来た!


「おい、本当に倒せるのか」

「ままままま、待て。まだ慌てる時じゃない」

「おい、膝が震えてるぞ。ビビってのか」

「ビビビビビー!」

「言語能力まで失ってんじゃねえよ!」

 頭をはたかれて、少し落ち着いた。落ち着け。落ち着くんだ。これはあれだ、強そうに見えてワケあって弱体化してるとか、ブラフで大ボラを吹いてるとかそういうアレ。


 実際やってみたら大したことないコケオドシさ。


「いいか、作戦を話す。まずお前が囮になる。その間に俺がマオを連れ出す。以上だ。健闘を祈る」

「潰すぞテメェ」

「しかたねえだろ。入り口あいつが塞いでんだし、誰か捨て石にならんとにっちもさっちも」

「さらっとアーシを捨て石にしてんじゃねえ!」

 などとグダグダやっていたら、どうも時間を無為に過ごしていたらしく、それはつまり相手に攻撃のチャンスを与えていたわけで……


 まあ、言ってしまえば先制攻撃を決められたわけだ。 

 その威力は、この黒ギャルが更に黒くなるだけだろうと俺がたかをくくったのとは比べ物にならない威力であった。


 だって眼の前を火の海が迫ってくるんだもの。

 火炎の津波とでもいったところか。

 いや、これ避けるの無理じゃね。

「あっつ! どうすんだよこれ!」

「え? なんだって? 身を挺して俺たちを守ってくれるだって?」

「言ってねえよ!」

 難聴系主人公を装って俺がミツルを盾にしようとする。


 その前を、ローブがよぎった。

「……ごめんなさい」

 難聴ではない俺は少女の呟きを聞き逃さなかった。それから彼女はすっと杖を目前に迫る大火事――その先にいる炎の主に向けた。


「〈フリーエル〉」


 魔法の存在を――少なくともこの世界にはそれが確かに存在すると――確信した瞬間であった。

 あれだけの脅威であった火炎は雲散霧消し、残ったのはわずかな煙と氷漬けになった火だるまライオンだけであった。


「行きましょう」

 マオの言葉に、俺達はただうなずくことしかできなかった。

 この絨毯、耐火性だったんだな。

 そんなことを考えながら灼熱なんちゃらの氷像の横を通り、大広間を出た。


 そこから先も、なんのかんの苦難はあったが、大したことではなかった。罠にかかりそうになったり、まるで迷宮のような通路に遭難しかけたり、それくらいだ。

 二〇メートル近い門をマオの杖の一振りで開けて、俺達はようやく外へ出た。


「いやー大冒険だったな」

 しみじみと振り返る俺の背中の袋で、がしゃりと重々しい音が鳴る。道中で拾ったアイテムの数々である。

「アータこれじゃ本当に賊じゃん」

「いいんだよ。マオが良いつってんだから」

「はい。どうぞ」

「あざーっす!」

 槍だの爪だの笛だの剣だのあったが、どれも装備できなかった。レベルかジョブの問題かもな。とりあえず売って軍資金にしよう。


「ここの近くだと……スラーオという街が近いようです」

 家から持ち出した地図をマオが見せてくれた(ちなみに地図は三枚持ち出したので全員分ある)。地図はわりと大雑把というか、ざっくりした縮尺だったが、マオの家があれだけデカいおかげで位置関係がわかりやすい。

「で、マオが行きたい場所ってどこだ」

「王都ビギンです。そこで国王陛下に謁見したいのです」

 そこはそんな大雑把な地図でもかなり離れていた。ということは、結構な距離だな。

「遠いけど、そのうち着くさ。頑張ろうぜ!」

「はい!」

 まあ時間なんて腐るほどあるんだ。気長にいこう。

 元気よくうなずくマオを見て俺もうんうん頭を揺らす。

「よし、とりあえずスラーオとやらへ行こう。先導は頼んだぞ」

「任せてください!」

 ウキウキで歩き出す箱入り娘は微笑ましいな。


 で、

「お前はまた固まってるんか」

 手にした地図と背後のマオ家を交互に見て汗をダラダラしてるミツルの腕を引く。

「ほらキリキリ歩け。捨てていくぞ」

「あ、ああ……」

「歩きたくないとか言うなよ。街についたら、こいつら金に替えて馬車でも調達してやるから」

「ずいぶん高そうな武器だと思わないか」

 俺が担いでる袋の中身のことだろう。

「あんな大豪邸だからな。そりゃ宝の山だろう。それ狙いの空き巣や強盗の忘れ形見かもな」

「あの四魔精とやらは」

「まぁ春になれば出てくるんじゃねえの」

 この世界に四季があるかは知らんが。

「……まあいい」

 何かを諦めたような黒ギャルは、俺の隣を歩き出す。

「それで、街に行ったら何すんだよ」

「とりあえず職業決めなきゃな」

「勇者じゃねえのか?」

「勇者や魔王は名誉職……称号みたいなもんだ。それとは別にれっきとした職があるのだ。まあ、最初は武器屋行って気に入ったの見つけて当座の職業決めてジョブチェンジするさ」

「あっそ」

 せっかく教えてやったのに何で塩対応なんだよ。これだからギャルは嫌なんだ。デートとか行っても興味なさそうにスマホいじってんだろ?

「そういえばスマホは?」

「圏外に決まってんだろ」

 ざまあ。

 そういえば俺のスマホってどうしたっけ。高校の入学祝いで買ってもらってそれから……どうしたかな。たしかちょうど新製品が入ったとかで店員に勧められて、一緒にスマホケースも買わされたんだよな。『一〇〇年先でもあなたのスマホを守ります』とかなんとか眉唾ものな売り文句のやつ。スマホより持ち主の方を守ってもらいたかったぜ。まあせっかく買ったんだし、それはつけたし、その内側に……。

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