第3話

「高いんじゃバカタレ!」

 スラーオに着いて早速武器屋に行った俺の第一声である。

 ここあらゆる意味で高い。売ってる武器の値段から性能から条件まで。なにこれ? ハイパーインフレ入ってんの?

 そりゃ手持ちのアイテム売り捌けば買えなくもない。しかし装備できなきゃ意味ない。結局ゴミ売ってゴミ買ってるだけじゃ。

「お、お客さん落ち着いて」

「オリハルコンだのミスリルだのいらんのじゃ。もっと銅とか鉄とか親しみやすいのはないんか」

「そんな低レベルなのウチじゃ扱ってませんよ……」

「ふざけんな! 意識高い系かこの店は!」

 最初の街の唯一の武器屋がこれってバランス壊れてんだろ。パッチ修正ものだぞ。

「だいたい素手に着の身着のままって……どうやってここまで来たんですか」

「バカにしとんのか!」

「く、くるしい」

 胸ぐら掴んで絞め上げるが、やはり冗談とか喧嘩を売ってるとかそういうことではないらしい。田舎者の初心者相手だからかと思ったんだがな。

 しかたないので袋の中身を金に替えて店を出ることにした。

「お前は妙におとなしかったな。もっと騒ぐと思った」

「この展開はある程度予想できた」

 隣で置物と化していたミツルに俺は首をかしげつつ、三等分した金の一つを渡した。


 店の外で待っていたマオにも渡すと大層感謝された。いや、元はと言えばあなたの家のものですからね?

「しかたない。順序が逆になったが、先に職業を決めよう」

「いいのか」

「無職よりはマシだ」

「ああ……」

 ミツルは納得したようだ。そう、俺達はこの世界では学生ではなく無職なのだ。

「で、どうやって職にありつくんだよ。ハロワでもあんのか」

「なんか役所とか神殿とか、それっぽいところで認定とか儀式とかしてもらうんだよ」

 俺は周りをキョロキョロして、第一村人にとりあえず聞いてみる。


「転職ぅ?」

 第一村人のおっさんは露骨に「何いってんだこいつ」といった顔をした。

「スラーオまで来て転職って……そりゃ無理だ。そんな施設も請負人もいやしねえよ。だいたい見た所、上位職云々以前に装備も素寒貧じゃねえか。舐めてんのか。だいたい俺が若い頃は――ぶべらっ」

 俺の不意打ちのスクリューブローがテンプルにクリーンヒットした村人は地面に転がった。


「いいのか?」

 すたすたと歩き去る俺をミツルは追う。

「役に立たない上にありがたいお話してきそうだったから先手を打ったまでだ。NPCの分際で偉そうなんだよ」

「アータは無職の分際で偉そうだけどな」

 背後で回復魔法を唱え終わったマオが追いついてきたのを確認してから、俺はいったん空を仰ぐ。うむ、良い曇り空だ。まるで我々の行先を暗示してるかのようではないか。


「もうこの街は諦めて次へ行こう」

「次の街まで……道中無職無防備でか? 無謀だろ」

「いや、それは違う。あるものを使う」

「ハァ?」

 このギャルは頭にタピオカでも詰めてんのか。

 まったく一から十まで説明してやらんといけんとは。

「要するに街から街へ移動できる設備や能力を使えばいいってこと」

「あ、馬車ですね」

「そゆこと」

 マオの言葉にうんうん頷いて、俺達は運び屋を目指した。


「あーダメダメ」

 その結果がこれである。いかにも運送業やってます的なガタイのいいお兄さんは片手を横に振った。

「あんたらここ以外の街とか名所とか、どこにも行ったことないでしょ」

「それの何が悪い」

 なんとなく開き直ってみる。

「あのね、うちはあくまでお客さんが行ったことある場所じゃないと運んでやれないの」

「街の名前とか指定しても? この際ここ以外ならどこでもいいから」

「あーダメダメ。それって結局こっちに丸投げってことでしょ? お客さん側で確認する術がないんだわ。そういうあやふやな業務は遭難や事故のもとだっていって、組合で厳禁になってるんだわ。バレたら業務停止、最悪免許取消まであるから、引き受けられないよ」

 ほとんど追い出されるような感じで、俺達は店を出た。


「転移魔法……」

 じっとマオを見ると、しょんぼりした顔になった。

「ごめんなさい。私、基本的に家の外には出たことなくて……。小さい頃には色々と連れていってもらったんですが、その頃は転移魔法の座標登録はできなくて」

 結局この魔法使いが転移魔法を使えても同じことということか。最悪ランダムに転移もできようが、それでモンスターハウスに突っ込んだら目も当てられない。

 …………。

 …………。

 …………。

 あれ? ひょっとして最初の街で詰んだ?


 色々考えを巡らせて、そんなことをふと思った。

 このあともスラーオ内をウロウロしてみたものの、ちっとも収穫はなく、とうとう日が暮れてしまった。まったく、最初の街のくせして場末感漂う場所である。

 それでも金はあったし、さすがに宿屋はあったので、今日はそこに泊ることにした。


「で、なんでアータがここにいるのよ」

「俺だけ野宿しろとな。やっぱギャルって糞だわ」

「なんで同じ部屋なのかって聞いてんだよ!」

 俺がアメニティを漁ってると、マオが覗き込んできた。

「こういうのはな、たいてい使い切りで片付けなくていいんだ。持って帰っても構わない」

「え、持って帰ってもいいのですか」

「えーと、持って帰ってもいいけど怒られないってだけで、俺達はやめておこうな」

「わかりました」

「聞けって!」

 うるさいですね……。俺はキーキーやかましいギャルを見る。

「金だって、あるにはあるが無限にあるわけじゃないんだ。節約して何が悪い」

 ちなみにそれで納得したマオと一緒の部屋にしようとしたら、このいらない子まで押しかけてきた流れである。しかたないから三人部屋である。


「嫌なら出ていっても構わんよ。つうか出て行け」

「アータがな!」

「は? 俺の身になにかあったらどうしてくれる」

「それはこっちのセリフ!」

 貞操観念ガバガバのギャルが何を言うか。

 俺に襲われるとか男子と寝るのが生理的に嫌とかそういう理由もあるだろう。しかし俺とてこんなところで孤立して寝るのは危険なのだ。誰に襲われるかわからんし、襲われたら護身できないから詰む。乱暴されちゃう。その点フル装備の魔法使いが一緒にいれば安心だ。あわよくば大人の階段のぼりたい(ここ重要)。


「あの」

 先程から部屋の四隅でよいしょよいしょしていたマオが振り向く。

「結界も完全に展開できましたし、襲われる心配はないかと」

 ベッドそばの机に丁寧にたたんだローブと杖を置く。ちなみにベッドは3つあって、三人用のデカイベッドが一つあるわけではない。自分で言ってて思ったが三人用ってなんだ。あるのかそんなの。

「甘いわね。男は狼なのよ」

 草食系を通り越して絶食系すら超越した断食系男子の俺になんという暴言。

「狼ですか。それはかわいいですね」

 予想外の反応。もっとも、この世界の狼なんてチワワみたいなもんかもな。

「アータねぇ……寝る部屋まで一緒ってなんとも思わないわけ?」

「楽しいです」

 これも予想外の反応。ミツルもぽかんとしてる。

「同じくらいの歳の人とこうやって外に出てお泊りして……ずっと憧れていて、きっと叶わないんだと思っていましたから」

 拝みたくなるような眩しい笑顔であった。

「ヤベ。なんかウルっときたわ」

 俺も目頭が……


 人のことも言えんが、そばのうるさいだけのヤマンバギャルを見ていると、さぞかし教育が行き届いているのだろう。子は親を映す鏡なのだ。事情が事情とはいえ、ご両親になんの挨拶もしてなかったが……まあいいか、同年代の相手の親と話しても気まずいだけだし。別に誘拐したわけでもないし。……いや、家出をそそのかしたのってひょっとして俺か……? いやいやまさか……


「それはいいとして」

 ミツルが俺にチェックインするときに渡された寝間着を投げつけた。

「着替えはよそでやれ!」

 ちっ。

 渋々と部屋を出る。「いいって言うまで入ってくんなよ」と声が飛んできた。遅れてガチャリと鍵がかかる。まったく信用されてない。傷つくわぁ。


 勇者(予定)の俺になんて仕打ちだ。

 物悲しいものを覚えながら廊下で服を脱ぐ。この感じあれだ、体育の授業で教室で着替えるときのあれだ。ちょっと男子ーはやく出ていきなさいよー。うん、どうでもいい思い出だ。


 薄暗い、申し訳程度にランタンが並ぶ廊下は、人が三人は通れるくらいの幅がある。突き当りの窓は開いており、そこからほんのり流れる風が灯りを揺らす。

 その突き当り、ちょうど窓を中心としたT字路になったそこ、その陰に誰かいた。


 え? 覗き? 

 キャー。とっさに腕で体を隠してみる。

 揺れた灯りに照らし出されたのは、ちんまい女の子だった。

 赤い髪をツインテールにして腰まで垂らし、簡素な赤いワンピースを着ている。ランドセルでも背負わせたら、夏の小学生の一風景としてしみじみすることだろうさ。


 問題は、そんな子が俺の着替えを物陰からじっと見ていることである。

 いや、見世物じゃないし、見せるほどのものでもないだろ。いや、待てよ。こっちの世界ではこういう趣向というか、嗜好なのか? こんな子が男の着替えを覗いて性的興奮を覚えるのがデフォなのか? 業が深いな。


 俺がそんなカルチャーショックを受けている間も、ずっと少女は視線を外さなかった。こっちが気づいてるのはわかってるだろうに、まったく微動だにしないのだ。ここは恥じらったり逃げたりするところだろうに。この世界の幼女はなんというか、肝が据わってるな。

 このまま黙って着替えを続行するべきなのか? でもそんな露出狂みたいな変質者みたいな真似するのもな。かといって声をかけるのも変質者扱いなんだよな。最近は声掛け事案だとかいって、それだけで紙面やネットを賑わせるし……


 児童の情操教育というデリケートな問題に俺が頭を悩ませていると、そばの扉が開いた。

「おい、終わったぞ」

 ミツルが出てきた途端に、その少女は逃げ出した。たたっと小さな足音が遠ざかっていく。なんだったんだろうな。


「ああ……」

 気の抜けた返事をして黒ギャルの方を向く。こいつに話しておくべきか。いや、いいか。幼女に着替えを見せてた変態扱いとか、そんなテンプレ誤解を招きそうだし。


 黒ギャルが赤ギャルになっていた。

 厳密には黒に赤みがさした赤褐色というべきか。なぜか俺を見てプルプルしてる。え? なに? 進化の前触れ? ようやく真人間に進化するの?

「アータ……その格好……」

 ちなみに今現在の俺の格好はパンツ一丁であり、下着はそのままにするか、それとも素肌に寝間着でいくべきだろうかというところで中断していたのである。

「なあ、パンツも履きっぱなしより脱いだ方がいいかな」

 股間を何本も見ているであろうギャルに相談してみた。

「このドヘンタイー!」

「ギャー!」

 涙目で真っ赤なミツルの拳が俺の顔面に突き刺さる。てめえにそんなテンプレ展開求めてねー!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る