第23話 意外な申し出

恋を手に入れ、それを手放した日数──わずか三日。


(なんか…濃ゆい三日間だったなぁ)


内野宮係長から真戸さんが結婚している事実を訊き、真戸さんとの恋は諦めようと決めてから一夜明け、私は史上最低最悪な気持ちで会社に向かっていた。


(う゛~~目の周りが痛い)


あの後、帰宅してからずっと泣いていた。余りにも涙が止まらなくて何処か壊れてしまったんじゃないかと心配になったほどに。


泣き過ぎて体力が落ち意識を手放してしまって、気が付けば朝になっていた。


起きて鏡を見て驚いた。目が腫れていてそれはそれは形容しがたい酷い顔になっていたのをアイシングとメイクで何とか誤魔化せるかなと思いながら家を出た。



(はぁ…憂鬱だ)


この顔もそうだけれど真戸さんとのことをどうしようかと悩む。このまま自然消滅──という形で終わっていいのかどうか。


仮にも彼氏彼女という関係になった以上、終わる時には何か儀礼的な言葉や行動があるのではないかと考えてしまう。


(でも私から何かを言うって)


正直真戸さんに逢うのが辛い。まだまだ真戸さんへの気持ちは完全に捨てきれていない。


こんなに好きになったのは真戸さんが初めてで、育ち始めていた恋心がそう容易く枯れてしまうような好きではなかったのだから。


いっそ真戸さんから『付き合い止めてもいい?』とかなんとか言ってくれれば気が楽かも知れない。


(まぁ、それはそれでかなりキツいけど)


きっと面と向かってそんなことを言われたらまた泣いてしまうだろう。


真戸さんが他のひとのものだと、奥さんのものだと解っていても何処かで気持ちを吹っ切れないみっともない私が今、此処にいた。


「藤澤さん」

「っ!」


会社近くに差しかかった道中でいきなり声を掛けられた。驚きながら振り返ると其処には三好さんがいた。


「いきなり声を掛けて驚かせちゃったね。ごめんね」

「…いえ、あ…おはようございます」


心臓がバクバク高鳴るのを宥めつつ、なんとか三好さんに挨拶をした。


「うん、おはよう。えっと…突然で申し訳ないんだけど、今夜時間、取れるかな」

「え?」

「光輔──えっと、真戸のことで話したいことがあって」

「!」


『真戸』という名前が出て酷く狼狽えた。


「わっ、泣かないで!」

「…え…」

「あ、ごめん…なんか泣きそうな顔したから。その顔…多分泣き明かしたんじゃないかと思って」

「…どうして」


三好さんがそんなことを言うのか不思議だった。


「実は…内野宮から怒られてさ」

「えっ、係長に?」

「そう。昨日遅くに電話があって…あ、おれと内野宮は横の繋がりで顔見知りなんだ」

「そうなんですか」

「うん、それで内野宮から君と真戸のことを訊いて…それでなんで既婚者を合コンに駆り出すんだってえらい剣幕で怒鳴られてね」

「あ、すみません、係長に色々喋ってしまって」

「どうして藤澤さんが謝るの?藤澤さんは何も悪くないよ」

「…でも」

「内野宮のいう通りなんだよね。既婚者である真戸を合コンに参加させているおれが悪いんだよ」

「…三好さん?」


何故か三好さんが表情を曇らせた。そこには何か深い理由わけがありそうな感じがした。


「でさ、そういうことも含めて藤澤さんには話しておきたいことがあって、だから時間、取れないかな」

「あ……はい。今日、大丈夫です」

「そう、よかった。じゃあ終業後に合コンで使った居酒屋前で待っててくれるかな」

「解りました」


そう約束を取り付けると三好さんは『時間が無いから先に行くね』と足早に駆け出して行った。


(外回りの営業って朝から忙しいんだよね)


それなのにわざわざ私が来るまで待っていてくれた三好さんに誠実なものを感じた。


と同時に


(やっぱり真戸さん…結婚しているんだ)


三好さんとの会話でそれが決定づけられてまた少し心が重く沈んでしまった。


でも今日は気持ちを切り替えて仕事を頑張ると決めた。三好さんが私に話したいことがあると言ったから。


それを訊くまでは泣きたりするもんかと強く気持ちを引き締めたのだった。


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