第22話 忠告

恥ずかしいことを洗い浚い係長に話した。すると先刻まで顔を赤らめたり動揺していた係長が急に真顔になって私を見つめた。


「──やっぱり俺の厭な予感は当たっていたか」

「厭な予感?」

「おまえが真戸と付き合っているということだ」

「…それ、厭な予感なんですか?」

「あぁ──やっぱりあの時、強引にでもおまえを晩飯に連れて行けばよかった」

「……」


(あの時って真戸さんが二時間待っていた時のこと…だよね?)


「真戸に渡すんじゃなかった。ったく、まんまと奴の術中にはまりやがって」

「あの…係長の言っている意味が解りません」

「……」

「どうして真戸さんと付き合っちゃいけないんですか」

「……」

「係長は真戸さんの何を知っているんですか」


話の核に迫った質問をした。その私の問いに係長は少し顔を強張らせたけれど、やがて長いため息を吐いた後、口を開いた。


「こういうのは傷が浅い内に話した方がいいだろうな」

「……」

「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえとはいうが、俺は馬に蹴られてもいいからおまえに真実を話す」

「…なんだか…怖いですね」

「知らないってことはもっと怖いんだぞ」

「…!」


係長の口調が低くなった。多分よくないことを言われると思った。


「いいか、藤澤。真戸はな、あの男は結婚している」

「───え」

「既婚者だ。嫁がいる。つまりおまえとは不倫という関係になる」

「………」


私の悪い予感は奇しくも当たってしまったようだ。係長の突然の言葉に頭の中が白く飛んでいた。


「真戸は高校卒業後、当時付き合っていた歳上の女と結婚したんだ」

「……」

「ご丁寧に結婚報告葉書ってのが俺の処にも届いた。だから結婚しているのは事実だ」

「……」

「だけど同じ会社に入ってから訊いた真戸の噂は酷いものばかりでな…兎に角女癖が悪いらしい」

「……」

「真戸は地味な雰囲気だけどよく見ればそこそこいい男だろう?それにつられて告って来る女と片っ端に付き合っているらしい」

「……」

「でもそのどれもが長続きしなくて、文字通りとっかえひっかえ。そんな真戸の次の獲物がおまえだと知って俺は気が気じゃなかったんだ」

「……」

「な、藤澤。真戸という男はそういう男なんだ。見た目で騙されるな、おまえは遊ばれているだけなんだ」

「……」

「よりにもよって初めて付き合った男があんな性悪男で可哀想だとは思うが、まだ間に合うよな?何もなかったことに出来るよな?」

「……」


係長が何か一生懸命に言ってくれている。だけどそのどれもが私の頭の中に留まってくれない。


(…結婚?既婚者?嫁?)


まさか真戸さんが今まで避けて来た男性に当てはまるとは思いもしなかった。


(だって指輪……指輪、していなかったから)


私という女は例え指輪をしていなくても他の女の人のものである男性に惹かれてしまう謎の悪しき嗅覚があるのかと嘆きたくなった。



係長と別れ、ふらつく足取りで家路を歩いていた。


(…そっか…だからか)


真戸さんに関して不思議に思っていたことの謎が解けたような気がした。


真戸さんが私と付き合ってくれたのは私から真戸さんが気になると意思表示したから。付き合おうかと言った真戸さんにとって私は、今まで付き合って来た数多くの女の人の中のひとりに過ぎなくて、真戸さんには慣れたことだった。


真戸さんはたったひとりのひとがいるのに他に付き合うことが出来る男性だった。


だから一度も「好き」とは言ってくれなかった。


(そっか…そういうこと……かぁ)


結婚指輪をしている男性が好きだった。その指輪の先に想像するあらゆる妄想で身悶えしてしまう快感が堪らなく好きだった。


だからこそ好きになっても告白は出来ない。付き合うことだって出来ない。私は不倫なんて関係は御免だから。


好きだけど……もうとっくに取り返しのつかないほどに好きで好きで堪らない人だけれど、これ以上真戸さんと付き合うことは出来ない。


してはいけない。


(この恋は……諦める…)


もっとも真戸さんにとってはとっくに終わった恋愛擬れんあいもどきだったかも知れないけれど、私にとってはかけがえのない初めての……大切に育てて行きたいと願った本物の恋だった──。



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